クイズハーツ

 四月。弘道高校のクイズ研究会の部室。
 沢木雄一郎はギターを弾き、小早川愛はネイルアートをしている。
 ドアが開き、元気のある男の子が入ってくる。新入生のようだ。
「押尾早太。クイズ王になる男です」
 大声に沢木と小早川は無反応。
 弘道高校と言えば、去年まで年に一度、高校生のクイズ王を決める大会「MAN OF THE YEAR」を三連覇した星野稔がいた高校。星野は卒業したが、強いクイズプレイヤーが大勢いると思っていた押尾は二人しかいない部室の様子を見て拍子抜けした。
「あ、あの。ここって、クイズ研究会ですよね。星野稔さんがいた……」
「星野?」
「ええ。星野さんに憧れて弘道高校を選んだんです」
 沢木と小早川が急に反応して押尾の顔を見る。
 沢木が「星野なら……」と言いかけたところで、小早川が止めた。
「それを言ったら、あいつクイズ研に入るのやめちゃうじゃん。黙っておこうよ。来週は清藤高校との対抗戦もあることだしさ、人数あわせに丁度いいでしょ」
「そうだな。わざわざあの話をする必要もないか」
 そう小声で話した後、押尾に向かって小早川が言う。
「君は、星野とはどんな知り合いなの?」
「僕は心臓病を患っていて、週に一度、心電図の検査に行っているんです」
 小早川は「えっ」という顔をした。
「病院の売店で、残り一冊になった漫画雑誌に同時に手を伸ばしたことがきっかけで星野さんとは知り合いました。星野さんも腎臓を患っていて週に一度人工透析に来ていたみたいです」
「なるほど」と小早川。当然、星野の病気のことは知っていた。
「星野はいい奴だった。それは同級生だった俺が一番よく知っている。ま、あいつは卒業したけど、俺は留年したんだけどな」
「そうそう、ホモ郎はもともと不良でさ。万引きはする、煙草は吸う、学校には来ない、コーラ飲むとげっぷする。とんでもない奴だったんだよ」
「やかましいぞ。ばばあ。俺はまじめになったんだよ。それにコーラ飲んでげっぷするのは関係ないだろ」
「ホモ郎にばばあ?」
「『もともとは同じ川の水を分け合う仲間という意味がある……』というフリの問題で、正解が『ライバル』というところを何を焦ったか『おホモだち』と答えたことがあって、『ホモ郎』というあだ名で呼ばれているのよ」
「てめえ。言いやがったな、後で殺す。っていうか、いま殺す」
 沢木と小早川が喧嘩っぽくやり合っているとき、押尾は星野のことを思いだしていた。
 押尾は心臓病だと分かってから、世の中で自分だけが不幸だと思っていた。二十歳まで生きられないという事実を叩きつけられ、周りのみんなが幸せに見えた。
未来のない自分は不幸だ、生まれてこなければよかったと自暴自棄になっていた。しかし、星野は人工透析をしながらも、未来の夢を語った。クイズのプロになる夢を。
押尾は星野に「夢は何だ?」と訊かれて何も答えられなかった。夢を見ることなどとっくに放棄していた。あと数年の命の自分には資格がないと。
しかし、今ははっきり言える。
「夢はクイズで日本一」
必ず叶えてみせる。
「数年の命がつきるまでに、普通の人が一生で知ることのできる量よりもっともっと多くのことを知ろう。誰よりも世の中のことを知ってやろう。それが生きた証だ」
 そう何度も心の中で唱えていた。
 
 押尾が沢木と小早川に歓迎会だと言って連れてこられたのは、ゲームセンターだった。
 最近置かれた新ゲーム、「Q STORY」。
 早押しクイズを楽しむことができる本格派のクイズゲームだった。ヘッドホンで問題を聞き、早押しボタンを押して解答件を得る。答えは、パソコン風のキーボードで打つというものだ。ルールを自分たちでアレンジできるのも魅力だった。百円で十分間、楽しむことができる。六人まで同時に勝負できる。
 三人で勝負を始める。ルールは、三問正解で勝ち。一問正解すると、ホログラフィの戦士が怪物を切り倒す。三匹倒したら勝ちだ。間違えると逆に怪物に攻撃される。三回攻撃されると戦士は死亡して負け。

問題
「昔話、浦島太郎は玉手箱を開けておじいさん/に……」
「鶴」沢木正解
―玉手箱を開けたとたんに七百年の時が経ち、浦島太郎は鶴になって飛んでいく。確か、そんな話だったよな―
 と押尾は考えた。
問題
「『日本書紀』にも登場し、文献上、日本で最古の温泉と/い……」
「道後温泉」小早川正解
―夏目漱石の『坊っちゃん』にも出てくる愛媛県の温泉だったな。聞いたことがある。それにしても二人とも押しが早いなあ―

 勝負が始まると、沢木と小早川は、いいポイントで押して正解していく。押尾は思っていたよりも早い早押しの世界に驚いて、答えることができなかった。
「先輩たち、やる気なさそうだからクイズに弱いのかと思っていたけれど、本当は強いんだ」

問題
「本編は『天使編』のプロローグで中断/して……」
「サイボーグ009」小早川正解。
―そうか、「サイボーグ009」は続きが書かれないまま作者の石ノ森章太郎が亡くなって未完となった漫画だったな―

「よし、わたしの勝ちね」
小早川が勝って終わると、後ろから拍手が聞こえた。振り返ると、男二人に女一人が立っていた。清藤高校のクイズ研の三人だった。
清藤高校とは、来週の日曜日に、対抗戦をすることになっていた。星野の友人がいたことから、毎年の恒例の行事となっている親睦目的の対抗戦だ。
 対抗戦のやり方は、三種類のクイズを行い二種目を制した方が勝ち。

 現れたのは、早押しのフォームが刀で人を切るように見えることから「清藤の三侍」と呼ばれる三人。去年の対抗戦、最後の対決で星野と互角の勝負を繰り広げた三人だった。星野が卒業した今年、「MAN OF THE YEAR」の団体戦の県代表は確実だといわれている三人だった。
「星野の腰巾着の二人か。星野がいなくなったら、今度は新入生に先輩面してクイズ対決か」
「あんたら弱いんだし、意味ないんだし」
「今年は決まっていたからやるけど、来年から交流戦はなしにしてくれない。時間の無駄なのよね」
 などと清藤高校の三人がそれぞれ口を開いた。
「弱いかどうかはやってみなきゃ分からないでしょう」と押尾。
「じゃあ、ちょっと勝負してみる?」
 押尾の言葉で勝負することになった。沢木と小早川は押し黙ったままだった。
 百円を入れ勝負を始める。

問題
「童謡『てるてる坊主』の歌詞、『晴れたら金の何あ/げよ……」
「鈴」清藤高校正解。
―「金の鈴あげよう」とは、一番の歌詞。二番では「私のねがいを聞いたなら 甘いお酒もたんと飲ましょ」と歌っているんだった。押しが早くてついていけない―
 押尾は動揺した。
問題
「2つの平面図形を、平行な直線で切ったときの切り口の長さがいつも等しければ/……」
「カヴァリエリの原理」清藤高校正解。
―カヴァリエリか、十七世紀のイタリアの数学者だったな。『2つの平面図形を、平行な直線で切ったときの切り口の長さがいつも等しければ、両方の体積は等しい』とは、著書『不可分量の連続幾何学』で説いた理論だ―
問題
「芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』で、お釈迦様の垂らした蜘蛛の/糸を……」
「カンダタ」清藤高校正解。
―小説『蜘蛛の糸』の主人公か、あの三人、反応が早すぎる―

 勝負は圧倒的だった。知識量、押しの早さ。どちらも差がありすぎた。
 清藤高校の実力は予想以上だった。
「あんたらが弱いっていうよりも、あたしたちが強すぎるのかもね。いま星野と勝負したら勝てるわね。ま、生きてたらの話だけど」
「生きてたら?」と押尾。
「自殺するような弱い奴だ。所詮俺たちの敵じゃない」
「星野さんが自殺って?」押尾は動揺して、心臓を押さえる。
「なんだと」
 沢木が襟を掴む。
「星野は俺たちのヒーローだ。弱い男なんかじゃない」
「ヒーローだと? ヒーローが自殺するか? 笑えて腹が痛い」
 沢木が殴りかかったところに、小早川が割って入った。沢木の拳が小早川の頬に当たって、彼女は吹っ飛んだ。
「喧嘩はしないって星野さんと約束したんでしょ? 男の誓いだってそう言ってたじゃない」
 沢木は、星野と喧嘩や万引きをしないことを誓った日を思い出していた。
「女に助けられるなんて情けないし、もう付き合ってられないし」
 清藤高校の連中は笑いながら出ていった。
「ごめん、ばばあ」と起きあがらせたとき、押尾が心臓を押さえて倒れた。
持病の心臓発作だった。
「押尾ー!」
 押尾の意識は薄れていった。

 押尾が目を覚ましたときは、病院のベッドの上だった。
 沢木がいた。
「よかった。目を覚ましたか」
「ごめんなさい。いきなり倒れたりして、ところで……」
「星野さんが自殺をしたっていうのは、本当なんですか?」
「ああ、そうだ」
「どうして? あんなに生きることに情熱を燃やしていたのに。僕に生きる勇気をくれた人なのに……」
「わからん。俺たちも未だに自殺の理由を理解できないでいる」
「実は星野が亡くなってから、俺もばばあも一度もクイズをしてなかったんだ。毎日部室に来てもなんとなくクイズをする気になれなかった。星野がいなくなって、俺たちのクイズも終わってしまった。そう思っていたんだよ」
「じゃあな、俺はもういくわ」
 立ち上がった沢木の腕を掴んで、押尾が言う。
「待ってください」
「僕にクイズに強くなる方法を教えてください。あいつらに、さっきのやつらに勝ちたいんです。星野さんは、僕にとってもヒーローです。星野さんをバカにするあいつらだけには負けたくないんです」
 押尾を見つめて沢木が言う。
「こんな不良の俺がどうしてクイズを始めたんだと思う?」
「さあ……」
「俺もお前と同じように、星野に助けられたのさ」
 成績の悪かった沢木は、学校に行くのが怖かった。
学校をさぼり、本屋で万引きをしようとしたところを星野に止められた。しかし、沢木は正義面した星野が無性に腹が立って殴った。
その時、星野は沢木に言った。
『俺はクイズプレイヤーだ。右腕だけは殴らないでくれ、お前の右腕と同じように大切にしてるんだ』
 沢木はどきりとした。星野は沢木の指にできた豆からギターをやっていることを見抜いていた。
『やってるんだろ、ギター』
『ま、まあな』星野に対する怒りは消え去っていた。
 その後、不良の仲間に襲われた沢木と星野だったが、沢木は無意識のうちに星野の腕を守り自分の右腕を怪我した。
『右腕、大丈夫か? どうして俺を助けたりした。あいつらお前の仲間なんだろ?』
『俺は気まぐれな男でね』
『気まぐれなんだったら、一度遊びに来いよ。クイ研に』
 沢木は星野に誘われ、なんとなく部室を覗くと、星野に引っ張られ中に入れられた。
戸惑いながらクイズに参加し、音楽の問題を答えて、みんなにすごいと言われた。そして、もしかしたら、音楽より面白いかもしれないと思ったことを思い出した。
「押尾。お前、清藤高校の連中に勝つって言ったな」
「はい」
「生意気だ。百年早い」
「えっ?」
「あの三人に勝つのは、星野の一番弟子である。この沢木雄一郎様だ」
「じゃあ……」
「ああ、クイズをやめたりしない。たった今決めた。弘道高校クイズ研究会の今年の目標は、MAN OF THE YEARの団体戦で優勝し、クイズ日本一になることだ。日本一になって女にもて……。いや、星野がいなくても弘道高校は強いということを全国に知らしめる。だから、まずは生意気なあの三人の首をとる。分かったか?」
「はい」押尾は涙を浮かべてそう答えた。
「そうと決まれば、特訓だ。行くぞ」沢木は押尾をベッドから引き吊り下ろして連れていった。
―俺たちはやるぜ、星野。見ててくれよ―
 沢木はそう誓った。

 小早川は弘道高校の室内プールに来ていた。二十五メートルの温水プール。
「ごめん、佐知子。ちょっと泳がせて」
「もちろんいいわよ。やっと水泳部に戻ってくる気になった?」
 小早川は軽く笑って見せた。
「先輩。あの人誰ですか? 水泳部でもないのにプール使って」
「小早川愛よ」
「小早川愛って、あの?」
「そう、去年入部して、創立以来の水泳部の全種目レコードタイムを塗り替えた子よ。インターハイ出場は確実だと言われていたわ。でも、大会には出場することなく水泳部を辞めた」
「そして、なぜかクイズ研究会に入ったていう人?」
「そう」
「ねえ、佐知子」
「何?」
「久々に勝負しない?」
「いいけど、一年近いブランクのあるあんたには、負けないわよ。昔の私とは違うんだから」
「知ってる。インターハイ出場の標準記録を上回ったってね」
「どの種目で勝負する?」
「もちろん、お互い得意な百メートル自由形」
「そうこなくっちゃ」
「ねえ、私が勝ったら、水泳部に入ってくれない。あんたが入ってくれたら、リレーでも全国で十分に戦えるわ」
「そうね、クイズは弱いままだし、それもいいかも」
「よし、決まり」
 レースが始まると、小早川は、星野との出会いを思い出していた。
去年、憧れていた三年の先輩と仲良くなりかけたとき、話したこともなかった星野が「あいつはやめておけと」と言ってきた。
 小早川は思わず、「じゃまをするな」と怒った。
数日後、校舎の裏で、星野が憧れていた先輩と話しているのを聞いた。
「一年の小早川っていう子のこと本気で好きなのか?」
 星野が問う。
「どうしたんだよ。急にまじめな顔して」
「答えろよ」
「好きなわけないじゃん」
「えっ」
小早川はどきりとする。
「俺たちは恋愛部っていうのをつくってるんだよ。お前がクイズを楽しむように俺は恋愛を楽しんでいるだけだ」
「愛情もなく、ただの遊びで付き合うっていうのか。あの子は本気なのに」
「分からない奴だなあ。俺たち恋愛部は付き合った女の数を競ってるんだよ。やっちまったらカウント一して、はいサヨナラだ。一人に愛情を注いだりするわけないだろ」
「お前だって、たとえばクイズで小説の主人公を答えるとき、その小説を読んでいるか? 有名な小説はあらすじと主人公を調べて覚えているだけだろ。読んじゃいない。つまり、クイズのためだけの知識ってわけだ」
「それがどうした?」
「お前も俺も同じってことだよ。俺は数を競うためだけに形だけの恋愛をする。お前は、クイズに答えるためだけに読んでもない本の主人公の名前を覚える。同じだろ?」
「違う。俺は人を傷つけたりはしない。愛情を持ってクイズをしている。愛情のないお前に恋愛をする資格はない」
「愛なんてなくても恋愛はできるんだよ。俺に愛情が無くても、あっちが俺に夢中なんだからな。お前がどうこう言おうと……」
「誰があんたに夢中だって?」
「えっ」振り返った瞬間、小早川の跳び蹴りを食らった。倒れる男。
「逃げろ」と星野と小早川は逃げた。
「いきなり跳び蹴りなんて、面白い子だね」
「こないだは、ごめんなさい」
「気にするなって。そういう君の情熱的なところ。すてきだと思うよ」
 
 レースは、小早川がリードしていた。
―は、早い。これがブランクのある人間の泳ぎ?―
 佐知子は驚いていた。

 小早川はその次の日には、水泳部を辞め、クイズ研究会に入った。結局、小早川は星野に好きだという気持ちを伝えられないままだった。卒業式が終わり、会えなくなる前に告白しようと星野を探しに行ったとき、首を吊っている星野を見つけた。
 自殺した星野の第一発見者は小早川だった。小早川は、星野を下ろして、キスをした。そして、自分のクイズはもう終わったんだと思った。

 小早川は、佐知子に一メートル近くの差を付けてゴールした。
―本気で泳いだのに……。やっぱり、愛は天才ね―
ふと愛の方を見ると、彼女はゴールを壁にして泣き崩れていた。
「どうしたの?」
「う、うん。何でもない」
涙を拭いて答える。そして、小早川は悲しそうな顔をして口を開いた。
「わたし勝ったけど、水泳部に入れて……」
「あー、そういえば、部室のロッカー、空きがないんだったわ」
「えっ」
「弘道高校の水泳部は、ただ泳ぎが速いだけじゃ入れないの。仲間を大切にする心がなくちゃね」
「……」
「あんた、クイズ研究会の仲間とやり残したことがあるんじゃない? あんたの顔にそう書いてあるよ」
「やり残したこと……」
小早川は、清藤高校の連中に星野がバカにされた時のことを思い出し、星野と楽しく過ごした時間を思い出した。一緒にクイズをしたこと、一緒に合宿に行ったこと……。
そして、星野が言っていた「高校三年間、個人戦では優勝できたけど、団体戦で一度も優勝できなかったことが心残りだな」という言葉を思い出す。
小早川に熱いものがこみ上げた。
「さあ、行きなさい」
「ありがとう、佐知子」
少し走って立ち止まった。
「佐知子、あんた最高よ」
佐知子は軽く手を振って、心の中で考えた。『あんたもね』
小早川は全身に力を込めて言った。
「星野さん。わたし、勝ちます。勝って、勝って、勝ちまくります」
 水泳部の部室に戻った佐知子。
佐知子は愛が戻ってくると信じて開けて置いたロッカーの「小早川愛」という名札をゆっくりとはずし、それを見つめた。
「仕方ない……か」

 沢木は押尾をクイ研の部室に連れていき、星野が使っていたという部屋に案内する。そこは、部屋中にクイズの問題が印刷された紙が詰まった段ボールが置かれていた。すべて、ジャンル別に分類されていた。いわゆる「クイズ問題ストック」ってやつだった。
沢木は押尾に得意分野をのばす、スペシャリスト作戦を提案した。
「一週間の特訓で清藤高校の連中に勝つには、闇雲に勉強しても絶対的な知識量では勝てない。だけど、勝負は三人の団体戦だ。それぞれが得意ジャンルを確実に答えれば互角に戦えるはずだ」
「当日、小早川さん来ますかねえ」
と心配する押尾。
しかし、沢木は小早川の得意なスポーツの棚の資料が全てなくなっているのを見て、大丈夫だと確信していた。きっと今頃、一人で特訓しているのだろうと。
「心配するな。あいつも俺らと同じことを考えてるさ」

 押尾と沢木は、学校では早押し、家では問題に目を通すという作業を続けた。
 沢木は、ギターをかき鳴らし、リズムを取りながら覚えていく。押尾はパソコンに問題を打ち込み、流れさせ、ポイントで押して答える練習をした。
 小早川は、部室には現れなかった。

 体育の授業、心臓の悪い押尾は見学していた。そこに同じように体調が悪くて見学していた藤井美咲が話しかけてくる。
「思いっきり体を動かしてみたいとか思わない」
「ちょっと思うけど、僕の夢はクイズ王になることだから、頭を全力で運動させることができれば充分だよ。だから、病気には感謝している。健康だったら、クイズなんていう素敵な競技に出会うことはできなかったからね」
「夢かあ、わたしは何にもないなあ。空っぽ。空っぽの人間なのよ」
「僕もちょっと前まではそうだったよ。だから、きっと藤井さんにも見つけられるよ。自分だけの夢を」
「ありがとう。運動できなくて落ち込んでると思って励まそうとしたけど、逆に励まされちゃった」
 授業が終わり、科学関係の本を読んでいる押尾。
何人かのクラスメートが集まって話をしている。どうやらカラオケに行く様子だった。
藤井が、寂しそうに本を読んでいる押尾を見て、
「押尾も誘おうよ」というと、
「あいつは心臓病だから、途中で倒れられたらやっかいだからなあ」
と誰も誘おうとしない。
「それに、何かいつも本ばっかり読んでいて話しかけづらいんだよねえ」
 そんな意見を無視して藤井は押尾に近づいて言う。
「みんなでカラオケ行くけど、押尾君も行かない?」
 押尾はみんなの方をちらりと見て、
「やめとくよ。クイズの勉強しないといけないし」
「もう、さっさと行く行く、息抜きしないと死んじゃうぞ」
 藤井は押尾を強引に立ち上がらせ腕を引っ張った。押尾はなんだかうれしい気持ちになった。
 押尾はカラオケに行くのは始めただった。知っている曲を思いっきり歌ったら、下手だったけど、「以外に面白い奴じゃん」とクラスの仲間と仲良くなれた。
ちらりと目があった藤井に押尾は、『ありがとう』いう気持ちを込めて笑顔を見せた。
藤井の歌はとても上手くて、聴く人の心を癒すような心地よさがあった。
僕だけの歌姫だ。押尾はそう思った。

対戦の当日、なかなか現れない小早川に、
「もし小早川が現れなかったら、仕方がないから二人で勝負しよう。試合放棄はなしだ」
「はい」
沢木の言葉に押尾は決心して答えた。
清藤高校は二十人近い部員を連れてきた。
小早川は試合開始直前に、やっと登場した。なぜか髪をばっさり切っていた。
「はらはらさせやがって」と沢木。
「主役はぎりぎりで登場するものよ」
沢木は「へっ」と笑った。

清藤高校三侍の一人が言う、
「交流戦は三種目あるが、続けて二種目勝ったら勝ちというのはもちろんだけど、その時点で終了にしないか?」
「えっ」押尾が驚く。
「いつもは交流戦だからといって、全種目やっていたけど、相手が弱い三人じゃあ、やる気がしない」
 沢木は平然として、
「それでいい」と言う。
三侍が出てくるのは最後の種目だけ。是が非でも二勝しないといけない。
「とにかく勝たないと」
 はりきる押尾。

小早川の隣に座って、沢木は思った。
「臭い……。おい、ばばあ、お前……」
「ごめんね。もう一週間風呂に入ってないの。時間がもったいなかったから」
 風呂に入る時間も惜しんでクイズの特訓か? ばばあの奴、いかれてるが、超本気だ。
 沢木は、小早川の気合のすごさにつばを飲み込んだ。

@五ジャンル制覇クイズ
 Aばらまきクイズ
 B十問先制クイズ

の三種目を順番に行う。
クイズは、ノートパソコンにクイズ練習ように組み込まれた問題から、種目にあった問題をランダムに選び、司会者が読む。司会は、清藤高校のマネージャーが努める。
また、ばらまきクイズは、事前に選び封筒に入れられている。

小早川は早押し用のグローブをつけた。それは星野がMAN OF THE YEARで勝ったときにつけていたグローブだった。それを、小早川はもらっていた。沢木はそれに気が付き、小早川を含め、三人に勝負に対する迷いがないことを認識した。

@五ジャンル制覇クイズ
 ついに対決が始まった。
問題(音楽)
「明治十三年、宮内庁の林広守が作曲し、ドイツ人エッケルトが和音を/つけた……」
「君が代」弘道高校、沢木が正解。
歌詞は、古今和歌集に詠み人知らずとして載せられている歌だといわれている。「国旗及び国歌に関する法案」で正式に国歌と制定されている。

問題(科学)
「自分の体の一部や全体が大きくなったり小さくなったりするように感/じ……」
「不思議の国のアリス症候群」弘道高校、押尾が正解。
自分の身体や周りの物が大きくなったり小さくなったり伸びたり縮んだり、浮かんだり重なったり消えたりするといった錯視や、時間の進み具合がおかしくなったりする症候群。
イギリスの精神科医トッドが1955年の論文中で命名。

「二人ともなかなかやるじゃない」
 小早川が驚いて言う。
「俺たちだって、ただ遊んでたわけじゃない。なあ、押尾」
「ええ」
このまま、順調に答え続けて勝てると思った三人だったが、苦手の文学、歴史を答えられないままだった。

問題(歴史)
「イギリス人のアーサー・グルームの設計によって……」
「六甲山」清藤高校、正解。
イギリス人のアーサー・グルームの設計によって、神戸市に日本初のゴルフコースができた。

結局、清藤高校に粘られて、負けてしまう。
「惜しかったな」悔しがる沢木。
「これで、次は負けられなくなったわね」

Aばらまきクイズ
 三階にばら撒かれた封筒を取りに行く。中に問題が入っている。もちろん「はずれ」もある。
二問正解で勝ち。間違えても失格にはならないが、また階段を上って問題を取りに行かないといけない。三人勝ち抜けで勝利だが、押尾は心臓病のハンデを背負う。
クイズが始まり、参加者の六人は一斉に階段を上っていった。

問題
「かつて75円切手にも描かれていた日本の国の蝶、国蝶は何?」
「オオムラサキ」弘道高校、押尾正解。
タテハチョウ科の蝶。

正解したものの、一度階段を上り下りしただけで心臓はねを上げていた。走ることはできずによろよろと階段を上る押尾。

問題
「真珠の養殖に使われることから、別名「真珠貝」とも呼ばれる貝は何?」
「アコヤ貝」弘道高校、小早川正解、勝ち抜け。
ウグイスガイ科の貝。もともと愛知県・知多半島の東海岸、「阿古屋」で多くとれたことからこの名が付いた。

問題
「七福神の中で、唯一実在した神様は誰?」
「布袋」弘道高校、沢木正解、勝ち抜け。
 七福神で、唯一の日本の神様は恵比寿。

 清藤高校の連中が、『はずれ』などを引いている間に、小早川と沢木は正解を重ね、勝ち抜けた。残るは、押尾と清藤高校の一人。
 二人はほぼ同時に、封筒を持って解答席に着いた。が、わずかに押尾の方が早かった。
「やった。押尾がんばれ」沢木が声をかける。
「はずれ、出ないでよ」小早川も祈った。
 押尾の心臓は限界に近く、意識が朦朧としていた。それでも、問題にこたえなくちゃいけないという気持ちだけで立っていた。

問題
「『自然を愛し、生物をいつくしむ日』と定義されている国民の祝日は何の日?」
 しばらく考えてから、押尾が答える。
「春分の日」
正解。
秋分の日は「祖先をうやまい、亡くなった人を偲ぶ日」とされている。

「やったー。勝ったぞ。押尾よくやった」
 沢木が押尾を抱きかかえる。
「やっと、三侍と戦えるな」
「そうね。あいつらの刀を折ってやるわ」
 不敵な笑みを浮かべる清藤高校の三侍を三人でにらみつけた。

B十問先制クイズ
 三対三での勝負。先に十問正解したほうが勝ちの早押しクイズ。お手つきは一点減点。
「お前らが一勝できるとは思わなかったよ」
「何言ってるんだ。二連勝したらかわいそうだと思って、最初は負けてやったんだよ」
 沢木が言い返す。

クイズが始まると同時に、小早川が順調に解答権を得、正解していく。
問題
「『我が軍の勢いは素晴らしく、竹を裂くように一気に進むことができる』と語/り……」
「杜預(どよ)」小早川正解。
“破竹の勢い”と言う言葉の語源になった中国、晋の武将。
問題
「当時一袋三十五円で売り出されたチキンラーメン/……」
「安藤百福(ももふく)」小早川正解。
世界で最初のインスタントラーメンであるチキンラーメンは、昭和三十三年、現在の日清食品の会長である安藤百福(ももふく)によって開発された。

驚く清藤高校の連中を見て、沢木がほくそ笑む。
―驚いているようだな。だけど小早川にとっては動作もないこと。こいつは、校内では水泳の才能ばかりが注目されるけど、クイズに対する資質も半端じゃない。問題を聞き、分かったと判断し、ボタンを押す、という一連の動作の反応が異常に早い。「ばばあ」というのはニックネームだけのこと。小早川と同じポイントで「分かったと」思っても解答権を得るのは必ず彼女だ―
しかし、二種目のクイズに参加し、疲れ切っている押尾たちは集中力を欠き、ずるずると差を広げられていく。

問題
「フランス語で『歌』はシャンソン、ではイ/タ……」
「カンツォーネ」清藤高校、正解。
イタリア語で「歌」「歌謡」という意味。英語の「song」にあたる。

「音楽の問題も取られた。やっぱり、勝てないのか……」
 沢木がそう思ったとき、どこからか『がんばれー』と言う声が聞こえてきた。
 大勢の声だった。
それは、沢木の不良仲間や小早川の水泳部仲間だった。元気な声で応援してくれた。
「みんな……。ありがとう……」
 沢木と小早川は元気を取り戻した。
「沢木さんと小早川さんの応援か。僕を応援してくれる人はいないし」
そう思った押尾だったが、突然、美しい歌声が聞こえる。現れたのは、藤井だった。学校の校歌を歌ってくれた。
後ろには、カラオケに一緒に行ったクラスメイトもいる。
「みんな……、ありがとう」
『負けられない』と三人のハートに火がついた。

問題
「フランスの物理学者トゥールが考案/し……」
―ギリシャ神話に登場するセイレーンにちなんで名前をつけた装置だから……―
「サイレン」
 弘道高校、押尾正解。

などと、三人の得意ジャンルを確実に答えて、得点を六対六の同点とする。しかし、清藤高校の三侍は余裕の表情。
「そろそろ本気を出すか」
と早押し機を押す手を右から左手に変える。
実は三人とも左利きだった。ハンデとして、わざと早押しのスピードが遅くなる聞き手とは逆の手で押していた。
三人の奮闘もむなしく、

問題
「昭和二十八年から平成四年までの三十八年間、山崎鏡子さんがピアノ伴奏/を……」
「ラジオ体操」
 清藤高校、正解。
 正式名称を「国民保険体操」という、NHKが毎朝放送している体操。

などと三侍は連答し、九対七となり、後一問正解すれば清藤高校の勝ちとなった。押尾たちは追い込まれた。
その時、押尾の心臓の限界が来て苦しみ始める。
―こんなときに心臓発作が……―
しかし、がんばっているみんなのじゃまはできないと我慢する。
すると、押尾の脳は逆に冷静になり、集中力が出てきた。
問題がゆっくり聞こえ、ジャンルを問わず、一度だけ聞いたことのあることを、すいすい思い出すことができた。

問題
「修行中のブッダが倒れたとき、牛乳を/……」
―牛乳を差し出した女の子の名前がつけられた、日本の乳製品メーカーは……―
「スジャータ」

など、誰も知らない難問も平気で答えていく押尾。
その能力に会場全員が驚いた。そして、

問題
「ツィオルコフスキーの考案した液体燃料三段式ロケットをもとに/……」
―世界で初めて液体燃料で推進するロケットの打ち上げに成功したアメリカの物理学者は……―
「ロバート=ゴダード」

押尾が答え、勝つことができた。
三人は抱き合って喜ぶ。
「思ったより強いし、驚いたし」
「弘道高校か。今年のマンオブの県予選。面白くなりそうだな」
 清藤高校の三侍は、新たなライバルの出現を喜んでいた。
 沢木、小早川、押尾は三侍と握手をした。
END