クイズアイドル?

二〇XX年。
日本には歴史上かつてないほどの好景気が訪れ、街中に物があふれた。食べ物は豊富にあり、車や家を手に入れても喜びを感じられない人々。
お金がないころに手に入れたかったものをすべて手にした人々は、しだいに物を欲しがる気持ちを失った。
欲望のやり場にこまった人々が次に求めたのは、『知識』だった。かつて人が持っていないものを持つのがトレンドだったように、誰も知らないことを知っている人がうらやましがられ、自慢げに街を歩いていた。
自然と日本中にクイズブームが訪れ、学園祭や町おこしのイベントなどでクイズ大会が行われた。テレビをつければ、必ずどこかのチャンネルでクイズ番組が放映されていた。  
テレビで放送されるような大きな大会の優勝者は『クイズ屋』と呼ばれ、プロ野球やプロサッカー選手以上の人気を得ていた。
今日も街を歩けば、どこからともなくクイズが聞こえてくる。

場所はクイズステーション。ちょうどクイズが流行り始めた頃で、大勢のお客さんでにぎわっていた。
クイズステージの横で、占い師が客を待っていた。
彼の名は易眼玄、金をもらってクイズ対決をする商売人だ。左目に眼帯を着け、残りの右目は魚の目のように大きく見開いている。
彼の横には机が置かれ、その上にはぬいぐるみや宝石といった商品が置かれていた。
「さあ、わしにクイズで勝ったら、この中の賞品どれでも好きなのを持って行っていいよ。家族へのお土産にどうぞー」
「お姉ちゃん、熊さんがいる」
 孝太はぬいぐるみを指差しながら翔子に言った。
「あらっ、ほんとだね」
 孝太は大きな熊のぬいぐるみに近づいた。
「欲しいなあ……」
「こらっ、くそガキ。大切な賞品に触るんじゃねえ」
 大声で怒鳴られて、孝太は涙を浮かべた。
「なによ。そこまで怒らなくていいでしょ」
「大人が誰でも子供に優しくすると思ってんじゃねえぞ」
 眼玄は翔子を殴ろうと手を出す。
「ひっ!」
 目を閉じ、痛みを予想して身を縮こめる翔子。しかし、痛みは感じなかった。
 目を開けると、眼玄の出した手は誰かに握られている。
「子供を殴るなんてみっともないわよ」
 フードをかぶり、サングラスとマスクで顔を隠した女性だった。
「誰だお前」
「挑戦者よ。ほらお金」
 挑戦料を払う若い女性。
「ふん、まあいい、戦ってやるよ」
「これで、弟の涙を拭いてあげなさい」
 翔子にハンカチを渡した。
「ありがとう」
 先にステージに上がった眼玄は筮竹をかき混ぜ、占いを始めた。
「この勝負の運勢は……。大吉、負ける気がしないねえ」
 挑戦者の女性も対戦席に着いた。
「さあ、皆さーん。クイズが始まりますよー」
 キューティーQが笑顔を振りまいて会場を盛り上げる。
「わしは、一瞬先の未来を知ることができる。この左目でな」
 眼帯を外すとまぶたに『Q』という傷が付いた左目が現れた。
 キューティーQが飛び跳ねる。
「さあ、さっそく始めちゃうわよー。問題、芥川賞は、あ……」
「どりゃー、『未来眼押し』」
 眼玄が左目を見開いた瞬間、彼の席のランプが光った。回答権を得たのだ。
「直木三十五」
「せいかーい」
「どうだ、わしには問題の先が見えるんだよ。この左目でな」
「……」
 微動だにしない対戦者の女性。サングラスの向こうの目も無表情のままだった。 
翔子は不安げな顔で、借りたハンカチを握り締めた。
「問題、一般的にテレビ視聴率の三冠王……」
 回答権を得る眼玄。
「全日」
「正解でーす」
 眼玄は大きくため息をついた。
「これ以上やっても無駄だろ。負けを認めたらどうだ。それに、わしは女には負けたことはないからな」
「女はクイズに弱いと?」
「そりゃあ、そうだろ。全国には何十人というプロのクイズ屋がいるが、女性なんて数人しかいないじゃないか。それは、クイズでは男より女が劣っているってことなんだよ」
「あなた、女の子にハートを射抜かれた経験はある?」
「はあ? 何わけの分からないこと言ってやがる。狂ったか」
 キューティーQが二人の会話をじゃまするように、
「さあさあ、問題読むわよー。問題、音楽の歴史で、五人組……」
「五人組はロシアの音楽家、では六人組は? という問題だ。答えはフランスだな」
と左目を見開く眼玄。
「答えは……、あれ?」
 眼玄は回答権を得たのが自分でないことに気が付いた。
 見ると、対戦相手の方のランプがついている。
「五人組はロシア、では六人組は? 答えはフランス」
「せいかーい」
「なっ!」
 眼玄の顔が驚きの表情に変わった。
「あなたは未来なんて知っちゃいない。芥川賞が芥川龍之介というフリなら、次は直木賞と来る。視聴率三冠王は、プライムタイム、ゴールデンタイム、全日。浮いている全日が答えになる。それは、単なる問題の先読み」
「ぐっ」
「アマチュアを相手に、クイズ屋なら誰でもできるようなことを、もっともらしく演出しているだけでしょ」
「お前、何者だ?」
「ある時は、少女を助ける優しいお姉さん。そしてまたある時は、花粉症患者。クチュン」
 どうやら眼鏡とマスクは花粉症対策のようだ。
「果たして、その正体は……」
 フード、マスク、サングラスを投げ捨てた。
 あらわになったその顔を見て周りの誰もが驚いた。
「スーパークイズアイドル。恋川愛よ」
 と言いながら、かわいくウインクした。
アイドルと呼ぶに相応しい愛くるしさだった。
「おい、クイズアイドルの恋川愛だぞ」
 観客が集まってきた。
「あれがあの恋川さん……」
 翔子も恋川のかわいさに見とれていた。
「ば、ばかな、恋川愛だと……、年間クイズ賞金ランキング全国五位に入る『クイズマスター』じゃないか。なんでこんなところに……」
「問題、近代オリンピック第一回アテネ大会のマラソン……」
「射抜いて、Qピッド」
恋川の周りには、きらきらとハートがいっぱい現れる。もちろん本当に存在するわけではないが、見ている人の目には催眠術でもかけられたように確実に写っていた。
さらに『Qピッド』というキューピッドに似たキャラが登場し、ハートの矢を放つ。
「出たー、『Qピッド押し』」
 観客全員が同時に叫んだ。
 無数の矢が眼玄、観客を射抜き、そのとたん、恋川の魅力に取り付かれたようにとろんとした目になった。
 いつのまにかに回答権を得ている恋川は、
「優勝したのは、羊飼いのスピルドン・ルイス」
 眼玄はハートを射抜かれ、もはやクイズに答えられる状態ではない。
「イグアスの滝」
「夏目漱石」
「カーリング」
 と恋川が連答した。
「最後の問題でーす。問題、もともとは印刷技術の一種で……」
 恋川があっさり回答権を得た。
「グラビア」
 負けた眼玄は、悔しがるどころか観客と一緒に恋川をたたえて拍手をしている。
「はっ、わしは何をやっとるんだ」
 われに返り負けたことに気が付いた。
「女の子だってクイズ強いんだよ。馬鹿にしてると、また、射抜いちゃうぞ」
「す、すいませんでした」
 眼玄は顔を赤らめてあやまった。
「じゃあ、賞品もらっていくからね」
 恋川はぬいぐるみを取ると孝太に渡した。
「わー、お姉ちゃん、ありがとう」
 翔子は憧れの目で見つめ、
「あ、あの……」
「何かな?」
「わたしでもクイズアイドルになれますか?」
「なれるわよ。ラブラブなハートがあればね」
 にっこり笑う恋川。
「じゃあ、ハンカチは、いつかわたしと戦うときに返して、ね」
 立ち話をしている間に、恋川のサインをもらおうと観客が押し寄せてくた。
「げっ!!」
 慌てて逃げる恋川。
 振り返って一言。
「がんばるのよ。勇気ある少女」