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あらすじ

 小学生の青木翔子は、いじめられっ子の押早速斗をクイズ好きの集まるゲームセンターに連れていく。
 翔子はそこで見かけた、クイズに弱い人間を馬鹿にする大人のクイズプレイヤー如月瞳が許せなくなり、怒りのあまり挑戦するがあっさりと負ける。
 速斗は、次は自分が挑戦すると言っておきながら、その場を逃げる。
 だらしない速斗にあきれた翔子はリベンジのためにゲームセンターに戻ると、なぜか速斗が如月と対決しようとしていた。
 驚く翔子の目の前で速斗はジャムを食べ、白髪のクイズ戦士へと変身した。
 彼はクイズで世直しを行う伝説の小学生だった。
 速斗に敗れた如月は心を入れ替え、真面目なクイズプレイヤーとなる。
 速斗に強さに驚く翔子だったが、今度は自分の弟の孝太が裏影という坊主の幽霊に捕らえられる。
 裏影は美少年のクイズプレイヤーに恨みを持っていて、速斗に勝負を挑む。
 翔子はクイズ番組の面接があるからと弟の救出を速斗に任せる。
 速斗はお寺で裏影とクイズバトルを展開するが、変身しても歯が立たず負ける。
 その様子をこっそり見ていた翔子は悩んだ挙句、面接に行くのはあきらめ速斗と孝太を助けるために裏影と勝負する。
 如月に負けた精神的ショックを引きずったままの翔子は苦戦するが、裏影がお香の香りで対戦相手の脳神経を麻痺させ思考能力を低下させる裏技を使っていることを暴き、逆転勝ちする。
 裏影に捕らえられていた答屋清次は、速斗に自分に変装して村の人間しか参加できない打ち会というクイズ大会で優勝して欲しいと頼む。
 速斗はマスクで変装し一回戦を勝ち、決勝戦に進む。
 何もしないで見ているだけの自分を恥ずかしく思った清次は、兄の敵を討つために、決勝を自分で戦うことを決意する。
 苦戦する清次だったが、速斗の呼びかけで兄の意思を感じ、勝つことが出来る。


クイズランド

二〇XX年。
日本には歴史上かつてないほどの好景気が訪れ、街中に物があふれた。食べ物は豊富にあり、車や家を手に入れても喜びを感じられない人々。
 お金がないころに手に入れたかったものをすべて手にした人々は、しだいに物を欲しがる気持ちを失った。
 欲望のやり場にこまった人々が次に求めたのは、『知識』だった。かつて人が持っていないものを持つのがトレンドだったように、誰も知らないことを知っている人がうらやましがられ、自慢げに街を歩いていた。
 自然と日本中にクイズブームが訪れ、学園祭や町おこしのイベントなどでクイズ大会が行われた。テレビをつければ、必ずどこかのチャンネルでクイズ番組が放映されていた。  
テレビで放送されるような大きな大会の優勝者は『クイズ屋』と呼ばれ、プロ野球やプロサッカー選手以上の人気を得ていた。
 今日も街を歩けば、どこからともなくクイズが聞こえてくる。

河川敷の堤防を友達の島崎由里と下校している青木翔子。
「土俵入りの型の名前にその名を残す、大相撲第十代の横綱は?」
 という問題にすかさず、
「雲竜久吉」
「すごーい、翔子。全問正解。さすが小学生クイズ選手権の県代表ね」
「まあね、まあね」
得意げに眼を細める。
「あっ、みてみて」
「えっ?」
「また押君がカバン持たされてる」
翔子が見るとランドセルを四つも抱えた押早速斗が、その重さにひいひいいいながら歩いている。
「やだー、ダッサーイ」
「速斗のやつー!」
翔子は走り寄っていって、思い切り速斗の背中に飛び蹴りを食らわせた。
前のめりになって転ぶ速斗。
「何するんだよ、翔子ちゃん」
 もう泣きべそをかいている。
「おだまり。幼なじみとして、忠告するわ。鞄持ちなんて、断っちゃいなさい」
「仕方ないんだよ。いつも勝負で負けちゃうんだから……」
「腕相撲とか、走り幅跳びとか、体力勝負のものばかりじゃない。みんな、速斗に
 体力ないことわかっていて、勝負しているのよ。フェアじゃないわ」
「でも、勝負を断ったら、断ったでいじめられるし」
「じゃあ、速斗の勝ち目のあることで勝負すればいいじゃない」
「ある?」
翔子は頭を指差した。
「勝負は体力だけじゃないわ。ここを使うのよ、ここを」
気乗りしない速斗を引っ張る翔子。
「ごめん、由里。ちょっと用事が出来たからバイバイ」
 引きずられていく速斗を眺めながら手を振る由里。
「かばん持ちより、はずかしいわね……」

 黙って翔子についていっていた速斗が口を開く。
「どこに行くの? 僕、塾行かないといけないんだけど……」
 何をさせられるのかと不安でいっぱいだった。
「塾なんて休んじゃえばいいのよ」
「で、でも」
「さあ、着いたわよ」
 立ち止まる二人。
「クイズのゲームセンターなんかに来てどうすんのさ?」
 翔子が連れてきたのはQステーションというゲームセンターだった。
 さまざまな最新のクイズマシンが置かれている。
「ふふーん。今の時代はね。なーんでも物があふれてるの。バカみたいに体力を使う時代じゃないのよ」
「それが?」
「だから知識で勝負しろって言ってんのよ。鈍いわね」
 怒りの余り大声になる翔子。
「は、はい……」
「クイズっていったら流行の最先端。クイズのプロは将来なりたい人気職業ナンバーワン。そう、知識だけでご飯が食べられる時代なのよ」
 と眼を輝かせる。
「でも、僕クイズなんてできないよ」
「できないんじゃなくてやったことがないんでしょ。さあ、教えてあげるから、さっさと入って」
「ちょ、ちょっと……」
 無理やり押し込まれる速斗。
 店内は多くの人でにぎわっていた。
 テレビ型のクイズゲームも流行っているが、一番人気はなんといっても一対一で対決する『クイズバトル』だ。
現在、クイズステージではいかつい男とスーツ姿のやせた男が対戦している。
「あっ、対決してるわ。ほら、速斗。見に行くわよ」
 人型の通信式自動問題読みマシーン「キューティQ W」が問題を検索し、読み始める。マシーンといっても人間の女性をモデルに作られているロボットで、遠目から見れば本物の若い女性と見間違えるほどだ。彼女目当てで来る客も多い。
「問題、ネットをはさんで対戦する球技の中でネットの幅が一番広いのは……」
 ポーンとやさ男のランプがつく。
 すぐさま翔子が解説を始めた。
「最後の『は』が上がり気味に発音されてる。口調も早かったから、まだ問題は先が続くはず。だから『……はテニスですが、一番狭いのは?』と続くのよ。だから、答えは卓球よ」
 回答権を得たキザ男が冷静に答える。
「卓球」
 ピンポン、と正解の判定。
「ほらね」
「さあ、勝者に盛大な拍手をどうぞ」
 キューティーQが勝者をたたえると、勝ったキザ男は声を荒げた。
「とっとと帰って、クイズの勉強でもしてな。この単細胞が。どうせ俺には勝てないだろうけどな」
 負けた男は、意気消沈して走り去った。
 敗者をバカにする態度にムカッときた翔子は、
「今の問題だったら、わたしはもっと早いポイントで答えられたわ」
 男がピクリと反応した。
「生意気なことを言ったのは、誰だ」
「わたしよ」
 翔子は前に出て男を睨み付ける。
「なんだ、ガキか。ったく、おっぱいもないくせに、一人前の口きくんじゃねえよ」
「うるさーい。おっぱいは、誰にだってあるものよ。お。大きさは別として……」
怒りで真っ赤になって言う翔子。
「へーっ、ほんとに君にもあるの」
「当たり前でしょ」
「じゃあ、俺とクイズで勝負して、負けたら証拠を見せてくれるかい」
「望むところよ」
「翔子ちゃん。だめだよ。大人に勝てっこないよ」
翔子の腕をつかんで止める速斗。しかし、振り払って言った。
「まあ、見てて」
 翔子はすぐにクイズバトルステージに上がった。
「よーし、いい度胸だ。その勝負受けてやるぜ。この超絶美形クイズキラー。如月瞳が」
 マントを投げ捨て、バラの花びらを撒き散らした。
唖然とする速斗と翔子。
「知らない人と話すと危ないし」
「そうね。特に変態とはかかわらない方がいいわね……」
 帰ろうとする二人を如月が必死に止める。
「待てい。逃げるか、乳なし小娘」
「にゃにい、いいたい放題言いやがってー。わたしを怒らせたことを後悔させてやるわ」
翔子が早押し機に手をかけ、男と向かい合うと、店中が静まり返り、いやがうえにも緊張感が高まった。
「よし、いつでもかかってらっしゃい」
「ゲームを始めるにはコインを三枚入れてね」
 とキューティQが笑顔で言った。
「そ、速斗、お金」
「は、はい」
 言われたとおりコインを入れる速斗。
「なんで、僕が……」
 如月はやれやれといった様子で口を開いた。
「ルールは、五◎二×でどうだ? 五問正解で勝ち、二問不正解で負けだ」
「分かったわ」
 キューティーQの頭の上の『?』が点滅した。
「はい。それではゲームスタート」
 翔子は精神を集中させながら考えた。
「正直、大人を相手にするのは初めてだわ。経験の差はあるかもしれない。でも、こんなやつに負けられるもんか。わたしはクイズアイドルを目指すんだもの。強敵は今のうちにぶっ潰す」
「では、第一問。問題、オリンピック競技での日本人最初の金メダリスト。だん……」
 如月が問題の途中でボタンを押した。
「二百メートル平泳ぎの前畑秀子」
「正解でーす。問題の続きは……男子は、織田幹雄と鶴田義行ですが、女子で最初の金メダリストは?……でした」
 翔子は下唇をかみ締めた。
「読ませ押しね。ボタンを押してから、問題が止まるまでには、コンマ何秒かの時間を利用して早めに押して次の一文字を聞くという高度なテクニック。しかも、ふりが『競技は何?』となっても正解できるように競技名と人物を同時に答えている。すこしずるい気もするけど、それだけ場数を踏んでいるということだわ」
「では、次の問題です。問題、灰色ののう……」
 今度は翔子が回答権を得た。負けじと読ませ押しをしていた。
「よし、押し勝ったわ」
 なぜか如月はそれを見てにやりと笑った。
 翔子は勝ち誇って言う。
「もらったー、答えはエルキュール・ポアロ」
「残念、ブーです」
 無情にもキューティーQが不正解を告げた。
「な、なんでよ。『灰色の脳細胞』といったらアガサ・クリスティが生み出した名探偵ポアロに決まって……」
「答えは『チボー家の人々』だな」と如月が呟いた。
「問題の続きは『脳細胞』じゃない。『ノート』だ。『灰色ノート』から『エピローグ』までの全八部で構成されているマルタン・デュ・ガールの小説は?……だ」
「如月のやつ。わざとわたしに答えさせて実力を測ったんだわ」
 翔子は圧倒的な力の差を感じ始めていた。
 速斗は翔子のことが心配になった。
「翔子ちゃんは、一問も間違わずに五問正解しなければいけなくなった……追い込まれた」
「早押しは知識量じゃない、重要なのは精神力で勝ること。心を折られたお前はもう勝てない」
 如月に言われ、翔子は顔面蒼白になった。
「問題、フランス革命の時、医師出身の議員で……」
 ポーン。如月のランプがつく。
「しまった!」
 翔子は思わず声を漏らした。
「あーあ、あの子、一問も正解しないうちに間違えたものだから、思い切りがなくなって押せなくなっている。精神的にやられちゃおしまいだな」
 速斗の隣の男がそう言った。
 如月は余裕の表情で、
「ギヨタン」
 と答えて正解の判定。
 翔子は心の中で呟いた。
「フランス革命、医師出身の議員ときたら、クイズで出題されそうなのは、処刑道具であるギロチンの発案者ギヨタンしかいないわ。分かっていても押せなかった」
 その後も問題は続いたが如月が一方的に答えていった。
 翔子は何も出来ずに早押しボタンを握るだけだった。
「さあ、次答えれば俺の勝ちだ」
 うつむいたまま何も答えない翔子。
「問題、シャーロックホームズが『最後の事件』でモリアーティ教授と……」
 あっさりとボタンを押して、如月が答えた。
「モリアーティ教授と対決をした場所は……ライフェンバッハの滝」
「はーい、ピンポーン。正解でーす」
 勝利のくす球が割れ、紙ふぶきが男に舞い降りてくる。
「ま、負けた」翔子はその場に崩れ落ちた。
「なんだ、口ほどでもないな。俺から、一問も奪えなかったじゃないか」
 悔しそうに俯いたままの翔子。
「では、約束を守ってもらうよ。君のどこにおっぱいがあるのか、証拠を見せてもらおう」
 オーッと歓声が上がり会場が盛り上がった。
「何よ、あんたたちまで。小学生のおっぱいなんか見て楽しいわけ?」
「さあ、どうした」
 翔子が困り果てていると、速斗が慌ててステージに駆け上がり、翔子の手を取った。
「逃げよう」
「そうそう、そうやって最初から逃げてりゃいいんだよ。知識も経験もないガキがクイズで大人に勝とうなんて百万年早ぇんだよ」
 如月はせせら笑いながら続けた。
「まあ、また恥をかきたいんならいつでもかかってこいよ。ふははっ」
 速斗はさっと如月の方を向き、強い口調で、
「あんた、ほんとにクイズが好きなのか?」
 如月は一瞬驚いた顔をしたかと思ったら、すぐに笑いだし、
「もちろん好きだ。でも、俺に負けて悔しがる人間をいたぶって遊ぶのはもっと好きだがな」
「何よ。あんた……」
「待って翔子ちゃん」
 いきり立つ翔子を手で押さえると速斗の目が鋭くなった。
「今度は僕が相手になろう」
「アン? 面白れーガキだな。わざわざ負け勝負したいのかよ。いいだろう、相手になってやる。だが、今度負けたら本当におっぱいを見せてもらう」
「えっ!」
 胸を押さえる翔子。
「覚悟ができているんならかかってこい、さあ」
と言いながらブルースリーのように手招きした。
「速斗、大丈夫なの?」
 少し考えるそぶりを見せた速斗は、もじもじしながら小さな声を出した。
「じ、塾があるから後で……」

 速斗が翔子の手を引いて歩いている。
 翔子はいつになく格好いい速斗に少しドキドキしていた。
「本当に対戦しに行くの?」
「えっ」
「だって、速斗、クイズなんて」
「ははは、嘘に決まってるでしょ。はったりだよ。僕はクイズはしない。でも、ああでも言わないとあの場が収まりそうにもなかったから……」
「なによ、それ」
「相手は全国でも有名なクイズ屋なんでしょ。小学生の僕らに勝てるわけないよ」
「そりゃ、そうなんだけどクイズを侮辱するような態度をされたら悔しいじゃない」
 話し始めたら止まらなくなった。
「クイズは、みんなで仲良くやるものなのに……。クイズをやらなかったら、一生知ることもなかったことを知ることができるし、クイズを通じて誰とでも仲良くなれる。それって、うれしいことじゃない? 勝負に勝って、知識がないんだと人を馬鹿にするのがクイズじゃないわ」
 翔子が涙ながらにうったえると、速斗は黙って、無視するかのようにあらぬ方角を見つめていた。その男らしくない態度に翔子の心は急速に冷めていった。
 速斗と手を握っていることに気づき、
「いつまで、握ってるのよ」と振り解いた。
 翔子はしばらく歩いてから思う。
「速斗の意気地なし、速斗の馬鹿。ドキドキして損しちゃったじゃない」
翔子は本屋に入るとクイズ本のコーナーで、立ち読みを始めた。
「ふん、こうなったらリベンジよ。わたしの天才的な頭脳に知識を超吸収させて、あの変態にギャフンと言わせてやる」
 如月と約束した時間は六時だったので、それまで必死にクイズ本を読み続けた。
 夢中になる翔子だったが、ふと時計を見るともう六時になろうとしていた。
「時間ね。いざ出陣よ」
 クイズステーションの近くまで来た翔子は、人だかりが出来ていることに気がついた。
「何よ。みんな集まっちゃって、そんなにわたしのおっぱいが見たいわけ?」
 人の波をかき分けてクイズバトルのステージに向かうと、
「逃げずによく来たな、小僧」
 如月だった。
翔子はびくりとして身を固めた。
「小僧って、誰のこと?」
 不思議に思ってステージを見てさらに驚いた。
「そ、速斗……?」
 如月と対面しているのはクイズはやらないと言っていた速斗だった。
「どうして速斗がここに?」
「逃げずに来たのは誉めてやるよ」
 如月の言葉を無視し、速斗は無言で解答席についた。
 会場には人ごみを割って入る一人の坊主がいた。
坊主は舌をぺろりとしながら、
「ほう、あの少年。なかなか綺麗な顔をしてるじゃないか」
 と速斗に熱い視線を送った。
速斗の早押し機を握る指先を見て、ニヤリとする如月。
「ふっ、素人が……」
 翔子が気づき、
「速斗は押し込みをしていない」
 如月は早押し機のボタンを、遊びの部分を利用してランプがつくギリギリのところまで押して待機しているのに、速斗は押し込みをしていない。
「千分の一秒の速さを競う早押しでは、押し込みは常識、やっぱり速斗はクイズをやったことないんだわ」
 キューティーQの美しい声が響く、
「さあ、第一問よ。問題、チェコ語で……」
 ポーン。如月が豪快なアクションで回答権を得る。読ませ押しだった。
 キューティーQの声は、
「『労働』……」で止まった。
 如月は無表情で、
「チェコ語で労働か……。問題は、チェコの作家、カレル・チャペックが『R.U.R.(エル・ウー・エル)』という戯曲の中で始めて使った言葉は?……か。答えは『ロボット』」
「ピンポーン。せいかーい」
 キューティーQが笑顔で正解を告げる。
 翔子は改めて如月の実力を思い知った。
「『チェコ語で』の辺りで押していた。次にどんな言葉が来ても対応できるようなチェコ語の知識があるっていうの?」
 慌てて速斗の元に駆け寄る翔子。
「やっぱり強すぎる。子供じゃ勝ってこないわ。速斗、もうやめよう」
 速斗は無表情のままだった。
「ふっ、どいつもこいつも弱いなあ。ヘボばっかりだぜ、ふははは」
「次の問題です。問題、ヘミングウェーの名作『老人と海』。最後……」
 ポーンとまたしても、如月のランプがつく。
「最後の一文で老人のサンチャゴは何の夢を見ていた? 答えは『ライオン』」
 正解だった。
「何だ。口ほどにもない。やっぱり、お前も知識のない、ただのクズだな」
 速斗は如月の挑発に表情一つ変えない。
「もう一度訊く、あんたはクイズが好きか?」
「何度でも、答えてやるよ。クイズが好きなのは好きだけどなあ、お前のような弱い、知識のない人間をばかにすることのほうが、ずっと好きだぜ」
 速斗は大きくため息をついたと思ったら、ポケットからイチゴジャムの小瓶を取り出し、ふたを開けた。
「何やってんだお前?」
 速斗はジャムを口に流し込み、一気に飲み干した。
甘い香りが辺りに漂った。
「小僧、頭がおかしくなったのか?」
 翔子も突然ジャムを食べる速斗の行動の意味が理解できなかった。
「えええ? どうしちゃったの?」
 速斗は集中するように目を閉じた。
「ジャム、ジャム……」
 手から離れたイチゴジャムの空瓶が床を転がった。
 すると突然、速斗の毛が生き物のように動き出した。
翔子、思わず身を乗り出した。
「速斗、髪の毛が……」
 黒髪が波のように動きながら、白くなっていく。
「お、お前。その白髪……」
 うろたえ始める如月。
「まさか……」
 翔子は思う。
「聞いたことがあるわ。たちの悪いクイズプレイヤーがいる街にふらりと現れ、勝負を挑み、易々と負かしていく白髪の小学生がいるっていう噂……。速斗がその小学生? そんなわけないよね」
「髪を白くするなんて、はったりだ。お前が噂の小学生なわけがない。第一、押し込みも知らないじゃないか」
 如月が叫ぶ。
「あんたは押し込みをしてまで戦うほどの強敵じゃない」
「くっ、はったりだ」
「さあ、お前に本当のクイズを教えてやるよ」
 速斗は如月を睨みつけた。
 翔子は目を見開いて、
「何あの挑発的な口調。あれが弱虫速斗?……。まるで別人だわ」
 次の問題が始まる。
「問題、一八六九年にナポレオンV世が……」
 速斗のランプが光り、回答権を得た。
「早すぎる!」
 思わず声が出る翔子。
「わたしがナポレオン三世の関係で知っているのは、彼が公募したコンテストに入選して広まったのが、マーガリンというくらいだけど」
 速斗が答える。
「メージュ・ムーリエ」
 キューティーQの判定は、
「正解でーす」
 翔子はぎゅっと握りこぶしを作った。 
「メージュ・ムーリエとは、そのマーガリンを考案した科学者。年号からはじまるふりだったから、経験的に人名を答えさせる問題だと予想したんだわ。尋常じゃないほどに早い判断力」
 問題が続く。
「問題、カロチンやエルゴステリン……」
 また、速斗のランプがついた。
「カロチン? エルゴステリン? 科学用語っぽい問題ね。苦手ジャンルだわ」
 と翔子がつぶやいている間に速斗が答えた。
「体内でビタミンに変わる物質を何という? プロビタミン」
「せいかーい。ちなみに、カロチンは体内でビタミンAに変わり、椎茸などに含まれるエルゴステリンは紫外線を浴びてビタミンDに変わります」
 さっきまで威勢のよかった如月の額に汗が浮かんでいる。
「お前、本当に小学生か?」
「ああ、そうだよ。でも、普通の小学生とは一つだけ違うところがあるかな。それは、誰よりもクイズを愛しているということさ」 
「問題、自分の母親をモデルに……」
 速斗のランプが付く。
「ニューヨークの自由の女神を設計したフランスの彫刻家は……、フレデリック・オーギュス・バルトルディ」
 正解の判定。
「問題、世界の国旗の中で唯一、表……」
「表と裏でデザインが異なった国旗を使っている国は……、パラグアイ」
 と速斗が答えて正解の判定。
「もう負けを認めたらどうだ? 小学生に連答されてあんたの精神は、波にさらわれた砂の城も同然。再建は不可能だ」
「ば、ばかな。この俺がボタンも押せないなんて……」
 如月は自分の指先が震えていることに気がついた。
「俺は、負けるのか?」
 如月は高校時代のことを思い出した。
 高校の廊下を歩く如月。
 眼鏡をかけ、手には参考書。典型的なまじめな生徒だった。それを見て、ひそひそ話をする生徒たちがいた。
「あいつ大学受験失敗したんだってよ」
「勉強しか取り得のないやつなのに情けねえなあ。笑えるよなあ」
 声に気がついてうつむいた如月は歯を食いしばった。
「そうだ。あの日以来、俺は大学進学を諦め、クイズに魂を売った。どんな相手にも負けるわけにはいかない」
 如月はポケットに手を突っ込んだ。
「負けるわけにはな……」
 速斗に見えないように、ポケットに隠したリモコン装置のボタンを押した。
 翔子は如月の不自然な動作に気がついた。
「あっ!」
 何をしたのか尋ねようとしたが、問題が始まった。
「次の問題でーす。問題、スウィフトの小説『ガリバー旅行記』で……」
 ポーン。如月のランプが点滅し、すぐさま答えた。
「ラピュータ」
「ピンポン、ピンポン。大正解でーす」
 正解の判定に会場がどよめいた。
 翔子は考える。
「確かに、ガリバーが旅した国の中には、空を飛ぶ国ラピュータはあるわ。でも、小人の国リリパット、巨人の国ブログディンナグ、馬の国フイヌムと四つの国を旅したのだし、この先どんなふりの問題なのかまだわからなかったはず。今の押しで正解できるはずがない」
 如月の不自然な動作を思い出した。
「あっ、さっきのリモコンで問題を不正に操作したんだわ」
 翔子は怒って
「ちょっと、待って。今の問題おかしいわ、不正に……」
「いいんだ。翔子ちゃん」
「で、でも」
不安そうな翔子の顔を見て、優しく微笑む速斗。
「大丈夫。あと一問、僕が答えれば勝てるんだから」
「ふん、大口叩けるのも今のうちだけだぜ」
「宣言する。次の問題で僕は勝つ!」
 如月は思った。
「はったりだ。あの小娘が思っている通り、俺は自分で問題を操作できる。負けるわけがないんだよ」
 キューティQがはりきって問題を読み始めた。
「問題、競技の『なぎ……」
 二人同時にボタンを押した。
「なた』……」
 速斗に回答権のランプが付いた。
 少しの沈黙の後、
「すね当て」
キューティQが驚いたような表情を浮かべた。そして数秒たってから、
「大正解―!!」
正解のベルの音。
 翔子は飛び上がって、
「やった。速斗の勝ちだ」
「う、嘘だ。問題を知っていた俺より早く押すなんて……」
 机を叩いて悔しがる如月。
「僕の知識は四次元だ。知識が点でしかないあんたが勝てるわけがないんだよ」
 そう言うと速斗はもとの姿に戻り、
「クイズは知識を自慢する競技じゃないですよ」
「そうよ。クイズはみんなが笑顔で楽しむもの。勝って負けた人を馬鹿にするものでもないんだからね」
 と翔子も続ける。
「笑顔で、楽しむか。そんなこと考えてもみなかったよ。いつも勝つことばかりに執着していた」
「おーい。如月」
 観客からの呼びかけにびくりとする如月。
「ふん、馬鹿にするがいいさ、小学生に負けた俺を」
 そう思った如月だったが、次に聞こえたのは予想外の言葉だった。
「いい勝負だったぞ。またがんばれ」
「そうそう、かっこよかったわ」
 観客たちは口々に如月をたたえた。
「こんな俺に温かい言葉を……」
「クイズをやる人に悪い人間はいない。みんなそう信じているんですよ」
 速斗も優しく語りかけた。
「完敗だ。君、名前は?」
「押早速斗。クイゾフィル(愛クイズ家)さ」
「いい戦いだった。じゃあ、俺はこれで……。いつかまた戦おう」
 かっこよく立ち去る如月。
「あ、バラ忘れてますよ」
 速斗は如月の落とした一輪のバラを差し出す。
 振り返った如月は、ステージの段差で転んだ。そして、立ち上がった如月を見て速斗と翔子の目は点になった。
「つるつる……」
 速斗がつぶやく。
如月の髪の毛はかつらで、転んだひょうしに外れたのだった。
 慌てて光る頭を押さえる如月。
「いやん。見ないで、さよーならー」
 焦りながら女の子のように内股走りで走り去った。
 速斗はバラを差し出したまま、
「バ、バラ……」
 観客の中の坊主がささやく、
「次の獲物はあの少年に決まりだな……、美味そうだ。ふふふ」
 人ごみを離れると、すーっと消えていなくなった。
それはまるで幽霊のようだった。

次の日、速斗がまたたくさんランドセルを持たされて下校していた。
 翔子が近寄っていく。
「まだランドセル持ちしてるの」
「あはは」
「クイズで勝負すれば勝てるのに……。でも、速斗が伝説の小学生だったなんて……。最後の問題だって、あんなところでわかっちゃうし」
「確信はなかったけれど、多分『使われる四つの防具は面、胴、篭手と何?』っていう問題だと思ったんだ。剣道になくて、なぎなたにあるのは『すね当て』だけだから問題になりやすいんだよね」
「なるほど、それを瞬時に判断できるなんて、さすが伝説の小学生ね」
「でも、翔子ちゃんにだけは知られたくなかったんだけど……」
「そうよ。それそれ、何でわたしに黙っていたわけ?」
「あんな真っ白の髪じゃあ、おじいちゃんみたいで格好悪いから……」
 その言葉を聞いて穏やかな笑顔を見せる翔子。
「そんなことないよ。速斗かっこよかったもん」
「ほ、ほんと」
 うれしくて頬を赤らめた。
「でも、どうして、ジャムの匂いを嗅いだら髪が白くなって、クイズに強くなったの?」
「ああ、あれは……。幼いころから、父さんにクイズの勉強を無理やりさせられていたんだけど、最初は嫌で嫌で、どうして、学校のテストにも出ないような、どうでもいいことばかり覚えなきゃいけないんだよって怒鳴ってよく喧嘩してたんだ」
「そう」
「そんな日は必ず、母さんが夜食だと言ってトーストを持ってきてくれたんだ。脳の糖分が不足すると記憶力が悪くなるからってイチゴジャムをたっぷり塗ってね。それを食べると集中力が出てくるの。母さんの愛情を感じるっていうか……。なんともいえない不思議な感じ」
「いつもイチゴジャムなの?」
「うん。だから、イチゴジャムの匂いをかくと反射的に集中力が増すんだよね。でも、髪が白くなる理由はわからないな」
「きっと、クイズの神様が乗り移るのよ」
「どうしてそんなことが分かる?」
「神様って、白い髪してるっぽいじゃない」
「ぷっ、そうだね」
「鞄、お持ちいたしましょうか、神様」
「いいよ、いいよ、大丈夫」
 恥ずかしがる速斗。
「お姉ちゃーん」
 翔子が振り向くと、遠くから一人の児童が焦った様子で走ってきた。
「あら、孝太じゃない」
 翔子は弟の孝太だということに気がついた。立ち止まる翔子と速斗。
 追いついた孝太に向かって、
「どうしたのそんなに慌てて、今日は友達と遊びに行ったんじゃないの?」
「で、出たんだ」
 孝太は息を切らせながら言った。
「出たって何が? もしかして幽霊が出たとか言うんじゃないでしょうね」
 翔子と速斗は二人で笑った。
「そうだよ、幽霊だよ。幽霊が出たんだ」
「う、うそー!」
「友達がさらわれて、返して欲しかったら、速斗兄ちゃんを連れてこいって」
 速斗は一瞬の間があってから、
「えっ、ぼ、僕――?」と叫んだ。
「とにかく来て」
 引っ張っていこうとする孝太を止める翔子。
「何があったか詳しく教えてよ」
「学校の近くの林の中に、古いお寺があるでしょ。あの近くで遊んでいたらお坊さんの幽霊が現れて、友達を連れ去ったんだ」
「古い、お寺……」
 急に青ざめる翔子。何かに気が付いた様子だ。
「連れ去るときに、『押早速斗を寺に連れてこい』って言われたんだよ」
「まずいわね。そいつは裏影っていう幽霊よ。美少年クイズプレイヤーを見つけては、クイズ勝負を挑んでくるの。単なる都市伝説だと思っていたけれど、本当にいたのね」
「僕も美少年ってことだね」
 うれしくなって笑顔になる。
じっと速斗の顔を見る翔子。
「クイズができれば、誰でもいいみたいね」
「ひどいよ、翔子ちゃん。でも、クイズ対決するだけで友達を帰してくれるなら行ってこようかなあ」
「気軽に考えないほうがいいわよ。話によると裏影と戦って帰ってこられた子はいないんだから。捕らえられて、あんなことや、こんなことを……」
一晩中クイズ問題を読ませられるとか、早押しの素振りを何百回とさせられるとか、奇妙な想像をしてにやにやした。
「……させられるのかも」
 想像の世界に入り込んでいる翔子をぼーっと眺める速斗と孝太だったが、顔を見合わせてから、そっと離れていった。
 翔子もすぐに気が付いた。
「ちょっと待ってよ。わたしも行くわ」
「お姉ちゃんは、来なくていいよ」
 冷たい言い方に驚く翔子。
「お姉ちゃんは、クイズに弱くて役にたたないから来なくていいよ。どうせ戦っても如月のときみたいに負けるんだろ」
「うっ……」
 一瞬、ひるむんだが、すぐに言い返す。
「わたしだって、今からテレビ番組『クイズアイドルを探せ』の予選通過者の面接に行かなきゃいけないんだから、頼まれても行かないもん」
「翔子ちゃん……」
 強がる翔子を心配そうに見つめる速斗。
「ほっといて行こ」
 孝太がぐいぐい速斗の腕を引っ張っていった。
 遠ざかっていく二人の背中を見つめて翔子は思った。
「都市伝説では、裏影は必殺のクイズ技を持っていて絶対に負けないらしいけど……、でも、速斗なら大丈夫よね。よし、わたしはクイズアイドルの面接だ。この百万ドルのほほ笑みで審査員をメロメロにしてやるわ。うふふふ」
「何、気持ち悪く笑っているんですか。翔子さん」
「げっ、子泣きじじい」
 子泣きじじいとは担任の先生のあだ名だ。背が低くて禿げているからみんなそう呼んでいる。
「翔子さんは、まだ今日提出の宿題を出してなかったね」
「しまった、忘れてた」
「提出してから帰りなさい」
 ずるずると先生に引き引きずられて学校に戻る翔子。
「じゃあ、僕もそろそろ塾に行かないとね」
「速斗兄ちゃんが行かないでどうすんのさ」
「僕、幽霊とかダメなんだよー」
「お願いだから見逃してよ、孝太君」
「でも、行かなかったら後で幽霊より怖いお兄ちゃんのカミナリが落ちるよ」
 つぶやいた孝太の言葉で速斗は行くことを決心した。

翔子は教室に戻るとすぐに宿題に取り掛からせられた。
「やっばーい。急いで宿題を終わらせないと面接に間に合わない」
先生に監視されながじゃ、集中力もがた落ちだ。
「いやー、焦れば焦るほどわかんなくなるー」

 そのころ速斗と孝太は幽霊がいるというお寺に前に立っていた。 
 ぼろぼろで今にも崩れそうな外観だ。にもかかわらず、なぜか障子戸だけは新品だった。破れている箇所はない。それが速斗には不思議に思えた。
「き、気味悪いね……、何にもいないみたいだし、帰ろうか。友達もきっと家に帰ってるよ」
「中も調べてよ、速斗兄ちゃん。それとも、怒られたいの? お姉ちゃんに」
 不安がる速斗の背中を押す孝太。
「大丈夫だよ。さあ、入って入って」
 お堂に入った瞬間に目に入ったのは奥に置かれた仏像だった。一見、奈良の大仏を小さくしたようだが、よく見ると顔はピカソの絵画のように崩れていて、舌を出している。とてもありがたい仏像には思えなかった。
「だ、ださい。センス悪すぎだね」
 そう言ってから鼻を押さえる速斗。
「いくらお寺だからってお香焚きすぎだよね。臭くてたまらないよ」
 仏像の周りで焚かれたお香の香りが部屋中に充満して、不気味な雰囲気を演出していた。
「あ、見て」
 速斗は孝太の指差す方に顔を向けた。
仏像の手の上に孝太の友達が寝かせられている。
 全身には何枚もお札が貼られている。気絶しているようだった。
 さらに仏像の前には、何人もの子供が寝かせられている。
「翔子ちゃんが言ってたように、裏影とのクイズ対決に負けて捕らえられた子供たちかな」
 ごくりとつばを飲む速斗。
「和正君」
 友達の所に駆け寄る孝太。
「あっ、待って」
 すると突然、床の中から何かが浮き上がってきた。
 速斗はとっさに避けたが、孝太はその影に捕らえられた。
 影のような物体は、ゆっくりと人へと姿を変えた。その姿は坊主そのものだった。笠をかぶって顔を隠してはいるが、恐ろしい顔をしていることは簡単に予想できた。
坊主は孝太を片手で持ち上げ言った。
「よく速斗を連れてきてくれたな少年よ」
「うわー」
 怖がって泣き出す孝太。
「感謝の気持ちを込めて、お前もコレクションに加えてやろう」
 坊主は孝太を仏像の方に投げた。さらに五枚のお札を投げると、孝太の両手、両足、胸に貼り付いた。その瞬間、孝太は身動きできなくなった。
「若い肌、若い声……。わたしの好物の美少年がまた一人増えた。死ししし」
 速斗の方を向いて、
「次は君だよ。速斗ちゃん」
「うわー、出たー」
恐怖の表情を浮かべて逃げ出す速斗。
すると、孝太や他の子供たちの「助けて」という声が聞こえてきた。
 立ち止まって振り返ると、少年たちはすがるような目をしている。
 涙を流し、速斗に助けて欲しいと訴えていた。
「そ、そうだ。怖がっている場合じゃない。あの子達を助けなくっちゃ」
 勇気を振り絞って、幽霊を睨みつける。
「あなたが裏影さんですね。僕に何の用ですか?」
「黙ってクイズをすりゃあいいんだよ。勝負で勝ったらこいつらを返してやる」
 笠を取り、素顔を見せる裏影。不気味な態度とは正反対の童顔。
「い、意外にかわいい顔……」
「そら、クイズステージ登場」
 地震のような揺れがして、床下からクイズステージが登場した。
 古ぼけた早押し台が現れる。思い切り早押しボタンを押したら壊れそうに見えた。
 続けて何かが飛び出てきた。おかっぱ頭で、浴衣を着た女の子だった。
「地獄の問題読み閻魔子でーす。ガンガン問題ぶっこんでいくからよろしくー」
 テンションの高さに唖然とする速斗。
「あっ、あんた今あたいのこと馬鹿にした目で見たわね。呪うわよ!」
「ひっ」
「うるせーぞ。とっとと問題読みやがれ」
 いら立った裏影が言った。かなり気合が入っている。
「はいはい。じゃあ、クイズはじめるよー」
「ちょっと待て、ルールを決めておくぞ。早押しクイズで一問正解するたびにお札を相手に貼る。五枚張ったら勝ち。名付けて『札クイズ』」
孝太の方を指差す裏影。五枚張られ身動きできなくなっている。
「札が貼られた部分の自由が奪われるんだね……。逆に裏影さん五枚張れば成仏する。そういうことですか?」
「まあ、そういうことだな」
クイズステージに立つ二人。
 影裏が足を見つめる速斗に気が付いた。
「幽霊に足があるのが不思議か? 足がないっていうのは、江戸中期の画家、円山応挙が描いた幽霊画で広まっただけのこと、本物には付いてるんだよ。でもまあ、幽霊にとって足なんて飾り、消すこともできる」
 すーっと、裏影の足が消えた。
「うわっ」
「死ししし、さあ、始めようか」
 仏像の前ではお香がもくもくと煙を出している。隙間風もなく、煙は真上に上がっていた。
「ではでは、第一問。『源氏物語』、第一帖は……」
「かーっつ!!」
 大声と共に裏影が押す。
「は、早い」つぶやく速斗。
「夢の浮橋」
「せいかーい」
「第一帖は桐壺ですが、最後の第五十四条は? と予想したんだ。早い」
 動揺していると裏影の投げた札が速斗の足に張り付いた。その瞬間、足の自由が奪われた。
「ほんとに足が動かない」
「気を抜いちゃダメよ、これはただのクイズ勝負じゃないんだからねー」
 閻魔子が速斗の耳元でささやいた。
「問題、船長はエドワード・スミス……」
 またしても裏影が回答権を得る。
「氷山にぶつかり沈没した豪華客船、タイタニック号」
「船長の名前だけで答えた……。少年だけを相手にしているって聞いたから、レベルが低いと思っていたけど、かなりの強敵だ」
 二枚目の札を貼られた速斗に焦りの表情が浮かぶ。
「そろそろ速斗ちゃんの寝場所を用意しないとな。死しし」
 そう言って仏像の周りに寝ている子供を持ち上げて奥に乱暴に投げた。
 身動きできない少年たちは、顔や肩をぶつけながら転がる。
「乱暴はやめてください」
 速斗が叫ぶ。
「こいつらは、もう用済みだ。お前のような上玉が手に入るんだからな。死ししし」
「少年たちを捕まえるなんて……、あなたにとって、クイズとは何なんですか?」
「快感だよ。わしにクイズで負けて恐怖で打ち震え、許しを請う少年の姿を見る快感。たまらないぜ。死ししし」
 怒って立ち上がった速斗は、ポケットからイチゴジャムを取り出した。さっと蓋を開けて口に流し込む。
 その姿を不気味な表情で眺める裏影。
「そうだ、変身しろ。変身してその雄姿を見せてみろ」
 真っ白な髪を逆立たせた速斗が裏影をにらみつける。
「本当のクイズを教えてやる」
「さあ、問題よ。視力検査表に用いられている、アルファベット……」
勢いよくボタンを押す速斗だったが、回答権を得たのは裏影だった。
「何、押し負けた……」
「アルファベットのCに似た図形の名前は? 答えはランドルト環」
「せいかーい」
 三枚目を張られる速斗。
「どういうことだ? 集中力が増しているはずなのに押し負けるなんて」
「さあさあ、どんどん問題行くわよ。問題、馬の年齢は歯を……」
 問題の途中で答えを閃いた速斗。
「よし、今度こそ」
 懸命に押すが、裏影に回答権を得られる。
「魚の年齢は何で見る? 答えはウロコ」
「正解ですー」
「うそだ、あり得ない。この前フリなら、次は『魚のウロコ』か『シロナガスクジラの耳あか』のどっちかだ。どちらか分からない段階で押したのに、押し負けた……」
 歯軋りして考える。味わったことのない焦りだった。
「ん、待てよ。今の問題、集中力が増した状態なら『馬の年齢』のところで押してるはずなのに『歯を』まで聞いてしまった。何かがおかしい……」
「どうした。焦りが顔に浮かんでいるぞ。これで四枚目。次でお前の負けが決まる」
「くっ」
 速斗の頬を冷や汗が流れる。
「次、答えなきゃ、負ける……」

 翔子は宿題を終え、学校から出てきた。
「ふー、やっと終わった」
 時計を見ると五時だ。
「やばい、急がないと、面接に遅れちゃう」
面接の時間に間に合わせようと駅に急いだ。
途中、速斗たちが向かった寺の前を通り、ふと立ち止まった。
「孝太……」
気になって様子を見に行く。
寺の障子戸を少し開けて中を見ると、意外な光景が目に飛び込んできた。
それは豪快なフォームで回答権を得た裏影の姿だった。
「タージマハール」
「正解でーす」
「わしの勝ちだな。速斗ちゃん」
 舌なめずりをする裏影。
 速斗の変身が解け、元の姿に戻った。
「死ししし、お前はわしのものだ」

 覗いていた翔子は驚いて目を見開いた。
「うそっ!」
動揺した翔子は障子を閉め、じりじりと後ずさりした。
「へ、変身した速斗が負けるなんて……。どうしよう……、わたしが行ってもきっと負けるし……」
 面接の案内の書かれたはがきを見つめる。
「きっと速斗が何とかしてくれるわ」
 そう呟いて、駅へと走っていく翔子。

 速斗に貼る最後のお札を手にとって満足げに笑う裏影。
「変身能力があるなんて、超レア物。他の少年なんてクズだな。後で捨ててこよう」
「ど、どうしてこんなことをするんですか?」
「どうしてだと? みんな君らが悪いんだよ」
「……」
「あれは二年前……」
 裏影が語り始めた。
 クイズ大会の会場で、小学生のクイズアイドルに群がる少年少女たちがいた。
 彼らは一様にサインを求めて色紙を差し出した。
「押さないでください」
 と警備員が必死にクイズアイドルの男の子を誘導している。
 群衆の中に私服姿の裏影もいた。一人だけおっさんでかなり浮いている。
 写真を撮るため近づこうとするが、ある少年に押されて道路に飛び出す。
「痛たた……」
 戻ろうとしたとき、車のクラクションでびくりとした。見ると猛スピードで車が自分のほうに向かってきている。
「う、うわー」
 裏影は避ける間もなく、車に撥ね飛ばされた。
 足が動かない、息も苦しい、頭からは血がたれ流れてきた。
「た、助けてくれ……、きゅ、救急車を……」
裏影はちょうど目の前にいたクイズアイドルの少年に助けを求めた。
 しかし、少年は何もしなかった。血まみれの裏影の姿に恐怖を感じて全身を震わせ、おびえた目を向けるだけだった。
「そ、そんな……」
 裏影はそういい残して亡くなった。

 裏影の話を聞き、言葉の出ない速斗。
「結局、成仏できなかったわしは幽霊になったんだよ」
「……」
「だがな、わしは少年に見捨てられながらも、不思議と怒りはなく、むしろ心地よさを感じていた。その時、気が付いたよ。わしにとっての真の快感とは、クイズに勝つことではなく少年の恐怖に引きつる顔を見ることだってな」
速斗はぞっとして顔を引きつらせた。
「いいぞ。その顔だ。もっと見せてくれ……」
 速斗の息がかかるくらいに顔を近づけ、じろじろ見た。
札を貼られ身動きできない速斗の体は、恐怖でさらに硬直した。
「さあ、最後の一枚を貼ってやろう。これでお前はもう俺のものだ。」
「みんなごめん、もう、だめだ……」
 速斗は最後の札を貼られることを覚悟した。
「そら、いくぜっ」
 裏影は勢いよく札を掲げた。
 速斗は目を閉じ、ぎゅっと唇をかんだ。
 するとどこからか木魚が飛んできて裏影の顔面に直撃した。
「痛てー、こら誰だ木魚なんか投げたら危ないだろ。死ぬところだったじゃないか」
「あんたはもう死んでるでしょ」
女の声が聞こえた。
「次はわたしが相手よ!!」
「ああ?」
 声の聞こえた方を見ると翔子が立っていた。
「しょ、翔子ちゃん」
 翔子の顔は決意に満ちていた。
「間違えるところだったわ」
 そう言いながらクイズアイドルの面接の案内はがきを粉々に破り捨てた。
「わたしにとって何が一番大切かってことを」
 びしっと裏影を指差す翔子。
「成仏させてやる、変態坊主!!」
「威勢がいいのは認めるが、わしは女には興味がない。帰ってくれ」
 犬を追い払うような仕草をする裏影。
「じゃあ、さようなら。ってばか」
 翔子はにやりとして言った。
「じゃあ、こうしましょう。わたしが負けたら、美少年クイズアイドルを十人連れてきてあげる。わたしの魅力にかかれば十人なんてちょろいわよ」
「ほう、十人か……、いいだろう。勝負しよう。戸を閉めて来るがいい」
 対戦席に付く翔子。しかし、裏影はなかなか対戦席に付かない。
「何やってんのよ。とっとと始めるわよ」
「わかっているさ。そう慌てなさんな」
 裏影はじらすようにゆっくりと席に付いた。わざと翔子をいら立たせる作戦にも見えた。
 痺れを切らせた閻魔子が問題を読み始める。
「さあ、いくわよー。第一問、一九四六年、初披露される四日前に行われた原爆実験……」
「原爆のように衝撃的だったから、実験が行われた場所の名前がついた水着は? っていう問題ね。答えはビキニ」
 問題の途中で答えを閃く翔子。しかし、ボタンを押そうとするが手が震えて動かない。
 その隙をついて、裏影が押した。
「ビキニ」
「正解でっすー」
「押せなかった……」
 震える手を見つめて呟く。
「どうしちゃったのわたし」
 速斗が翔子の異変に気がついた。
「翔子ちゃんの調子が悪い。もしかして、如月に負けたショックを引きずっているじゃ……」
 問題はどんどん進む。
「問題、かつてインドで行われていた、獣を数人で囲みながら捕らえる狩り……」
「狩りが起源と言われるインドやバングラディシュの伝統的なスポーツは、カバディ」
 裏影がいとも簡単に答えた。
「せいかーい」
翔子はあっという間に二枚目の札を張られた。
「な、なにこれ、足が動かない」
「なんだ。ぜんぜんへぼいじゃないか。今まで戦った子供の中でも最低レベルだな。よくそれでわしに挑戦してきたな」
「だめだ。勝てない。やっぱり、わたしじゃ無理」
 やる気を失って意気消沈する翔子。
彼女はまだ如月に負け、赤っ恥をかいた精神的ダメージから抜け出していなかった。ボタンを押すということに恐怖心が芽生えていた。
調子に乗って勢いだけで挑戦したことを後悔した。
「こないだと同じ。弱いくせに、頭に血が上って勝てもしない勝負をしちゃった。とっとと負けて、誰かクイズに強い人を連れてくるしかないわ」
 完全に諦めた翔子に向かって声が飛ぶ。
「お姉ちゃん、がんばって」
はっとする翔子。
「孝太……」
 孝太を見つめる翔子。
「孝太はまだわたしが勝つと信じていてくれてる……」
孝太をいじめっ子から助けた時のこと、迷子になったのを探し出したときのこと、様々な思い出が頭を駆け巡った。
「そうよ。孝太を守ってあげるのはわたし。今までも、これからも」
 ぱんぱんと顔を叩いた。
「まったく、何やっているのよ。わたしの持ち味は思い切りの良さじゃない。ガンガン責めなくてどうするの」
「翔子ちゃんの手の震えが止まった……」
 雰囲気の変わった翔子を見て速斗が呟いた。
「問題、ギリシャ神話の牧畜の神で、驚くと怒りを爆発……」
 回答権を得たのは翔子だった。さっきまでとは全く違う軽快な動きだった。
「その姿から『パニック』の語源となったのは? パン」
「大せいかーい」
 孝太に向かって小さくガッツポーズをする翔子。
 孝太の目にかすかな涙がにじみ、すーっと頬を流れた。
「問題、一八七〇年に日本初のビール醸造所である『スプリング・バレー・ブルワリー』を……」
また翔子が回答権を得た。
「設立したドイツ人は、コープランド」
「正解でーす」
「これで、二対二ね」
 二枚の札を貼られる裏影。
「ようし、このまま一気にいくわよー」
「喜んでいられるのも今のうちだ。もう間もなく……」
 裏影は焦る様子もなく、不敵な笑みを浮かべた。
「問題 エジプト語で『三角のパン』……」
 勢いに乗った翔子が回答権を得た。
「ビール」
「ブー、不正解」
「はっ、そうだ。ビールは『液体のパン』、『三角のパン』はピラミッドだわ」
 動揺する翔子。
「わたし、どうしてこんな凡ミスを?」
 戸惑う翔子の姿を見て、裏影は冷たい微笑を浮かべた。
「来たな」
 速斗は何かが起ころうとしていることを察知した。
「やばい。翔子ちゃんも、僕と同じように裏影の不思議な力にはまり始めている……」
 裏影がお札を投げると翔子の胸に張り付いた。
「ぐふっ! む、胸が苦しい……」
「問題、スチーブンソンの代表作『宝島』のモデルとなったコス……」
力強くボタンを押し、回答権を得たのは裏影。
翔子はまったく問題に反応することができなかった。
「コスタリカ沖にある島は、ココス島」と裏影。
「今の問題、何? 問題を理解する前に答えられた。わたしの頭どうかしちゃったの?」
「さあ、これで四枚目。後一問でお前の負けだ」
 札が翔子の左手に張り付いた。動くのはもう右腕しかなくなった。
「わたしの体、何かおかしいわ……でも、負けたくない……負けたく……」
 突然、翔子は回答席から転げ落ちるように倒れた。意識を失いそうだった。
 ポケットからピンクのハンカチが落ちた。
「こ、恋川さん……」
 そう言って翔子は気を失った。
「翔子ちゃーん!」
 速斗の呼びかけにも翔子はまったく反応しなかった。
 
翔子は夢を見ていた。
夢の中では三年前の思い出がよみがえっていた。翔子が九歳のときのことだ。
場所はクイズステーション。ちょうどクイズが流行り始めた頃で、大勢のお客さんでにぎわっていた。
クイズステージの横で、占い師が客を待っていた。
彼の名は易眼玄、金をもらってクイズ対決をする商売人だ。左目に眼帯を着け、残りの右目は魚の目のように大きく見開いている。
彼の横には机が置かれ、その上にはぬいぐるみや宝石といった商品が置かれていた。
「さあ、わしにクイズで勝ったら、この中の賞品どれでも好きなのを持って行っていいよ。家族へのお土産にどうぞー」
「お姉ちゃん、熊さんがいる」
 孝太はぬいぐるみを指差しながら翔子に言った。
「あらっ、ほんとだね」
 孝太は大きな熊のぬいぐるみに近づいた。
「欲しいなあ……」
「こらっ、くそガキ。大切な賞品に触るんじゃねえ」
 大声で怒鳴られて、孝太は涙を浮かべた。
「なによ。そこまで怒らなくていいでしょ」
「大人が誰でも子供に優しくすると思ってんじゃねえぞ」
 眼玄は翔子を殴ろうと手を出す。
「ひっ!」
 目を閉じ、痛みを予想して身を縮こめる翔子。しかし、痛みは感じなかった。
 目を開けると、眼玄の出した手は誰かに握られている。
「子供を殴るなんてみっともないわよ」
 フードをかぶり、サングラスとマスクで顔を隠した女性だった。
「誰だお前」
「挑戦者よ。ほらお金」
 挑戦料を払う若い女性。
「ふん、まあいい、戦ってやるよ」
「これで、弟の涙を拭いてあげなさい」
 翔子にハンカチを渡した。
「ありがとう」
 先にステージに上がった眼玄は筮竹をかき混ぜ、占いを始めた。
「この勝負の運勢は……。大吉、負ける気がしないねえ」
 挑戦者の女性も対戦席に着いた。
「さあ、皆さーん。クイズが始まりますよー」
 キューティーQが笑顔を振りまいて会場を盛り上げる。
「わしは、一瞬先の未来を知ることができる。この左目でな」
 眼帯を外すとまぶたに『Q』という傷が付いた左目が現れた。
 キューティーQが飛び跳ねる。
「さあ、さっそく始めちゃうわよー。問題、芥川賞は、あ……」
「どりゃー、『未来眼押し』」
 眼玄が左目を見開いた瞬間、彼の席のランプが光った。回答権を得たのだ。
「直木三十五」
「せいかーい」
「どうだ、わしには問題の先が見えるんだよ。この左目でな」
「……」
 微動だにしない対戦者の女性。サングラスの向こうの目も無表情のままだった。 
翔子は不安げな顔で、借りたハンカチを握り締めた。
「問題、一般的にテレビ視聴率の三冠王……」
 回答権を得る眼玄。
「全日」
「正解でーす」
 眼玄は大きくため息をついた。
「これ以上やっても無駄だろ。負けを認めたらどうだ。それに、わしは女には負けたことはないからな」
「女はクイズに弱いと?」
「そりゃあ、そうだろ。全国には何十人というプロのクイズ屋がいるが、女性なんて数人しかいないじゃないか。それは、クイズでは男より女が劣っているってことなんだよ」
「あなた、女の子にハートを射抜かれた経験はある?」
「はあ? 何わけの分からないこと言ってやがる。狂ったか」
 キューティーQが二人の会話をじゃまするように、
「さあさあ、問題読むわよー。問題、音楽の歴史で、五人組……」
「五人組はロシアの音楽家、では六人組は? という問題だ。答えはフランスだな」
と左目を見開く眼玄。
「答えは……、あれ?」
 眼玄は回答権を得たのが自分でないことに気が付いた。
 見ると、対戦相手の方のランプがついている。
「五人組はロシア、では六人組は? 答えはフランス」
「せいかーい」
「なっ!」
 眼玄の顔が驚きの表情に変わった。
「あなたは未来なんて知っちゃいない。芥川賞が芥川龍之介というフリなら、次は直木賞と来る。視聴率三冠王は、プライムタイム、ゴールデンタイム、全日。浮いている全日が答えになる。それは、単なる問題の先読み」
「ぐっ」
「アマチュアを相手に、クイズ屋なら誰でもできるようなことを、もっともらしく演出しているだけでしょ」
「お前、何者だ?」
「ある時は、少女を助ける優しいお姉さん。そしてまたある時は、花粉症患者。クチュン」
 どうやら眼鏡とマスクは花粉症対策のようだ。
「果たして、その正体は……」
 フード、マスク、サングラスを投げ捨てた。
 あらわになったその顔を見て周りの誰もが驚いた。
「スーパークイズアイドル。恋川愛よ」
 と言いながら、かわいくウインクした。
アイドルと呼ぶに相応しい愛くるしさだった。
「おい、クイズアイドルの恋川愛だぞ」
 観客が集まってきた。
「あれがあの恋川さん……」
 翔子も恋川のかわいさに見とれていた。
「ば、ばかな、恋川愛だと……、年間クイズ賞金ランキング全国五位に入る『クイズマスター』じゃないか。なんでこんなところに……」
「問題、近代オリンピック第一回アテネ大会のマラソン……」
「射抜いて、Qピッド」
恋川の周りには、きらきらとハートがいっぱい現れる。もちろん本当に存在するわけではないが、見ている人の目には催眠術でもかけられたように確実に写っていた。
さらに『Qピッド』というキューピッドに似たキャラが登場し、ハートの矢を放つ。
「出たー、『Qピッド押し』」
 観客全員が同時に叫んだ。
 無数の矢が眼玄、観客を射抜き、そのとたん、恋川の魅力に取り付かれたようにとろんとした目になった。
 いつのまにかに回答権を得ている恋川は、
「優勝したのは、羊飼いのスピルドン・ルイス」
 眼玄はハートを射抜かれ、もはやクイズに答えられる状態ではない。
「イグアスの滝」
「夏目漱石」
「カーリング」
 と恋川が連答した。
「最後の問題でーす。問題、もともとは印刷技術の一種で……」
 恋川があっさり回答権を得た。
「グラビア」
 負けた眼玄は、悔しがるどころか観客と一緒に恋川をたたえて拍手をしている。
「はっ、わしは何をやっとるんだ」
 われに返り負けたことに気が付いた。
「女の子だってクイズ強いんだよ。馬鹿にしてると、また、射抜いちゃうぞ」
「す、すいませんでした」
 眼玄は顔を赤らめてあやまった。
「じゃあ、賞品もらっていくからね」
 恋川はぬいぐるみを取ると孝太に渡した。
「わー、お姉ちゃん、ありがとう」
 翔子は憧れの目で見つめ、
「あ、あの……」
「何かな?」
「わたしでもクイズアイドルになれますか?」
「なれるわよ。ラブラブなハートがあればね」
 にっこり笑う恋川。
「じゃあ、ハンカチは、いつかわたしと戦うときに返して、ね」
 立ち話をしている間に、恋川のサインをもらおうと観客が押し寄せてくた。
「げっ!!」
 慌てて逃げる恋川。
 振り返って一言。
「がんばるのよ。勇気ある少女」
 夢から覚め、われに返る翔子。
「いつか恋川さんに会った時、こんな相手に負けてちゃ、はずかしくてハンカチを返せない」
 ハンカチを握り、立ち上がった。
それを見て、裏影は心の中で思った。
「あの仕掛けの餌食になっているはずなのに。ま、まだ立ち上がる力があるっていうのか」
「さあ、続けるわよ。変態坊主」
再始動した翔子だったが、速斗は冷静に状況を把握していた。
「だめだ。このまま続けても翔子ちゃんは負ける。どうすればいいんだ、どうすれば」
 そのとき速斗のポケットからお守りが落ちた。
 拾い上げる速斗。
「これは、父さんがくれた……」
 三年前。速斗、九歳。
 速斗が泣きながら家に帰ってきた。
「どうしたんだ?」
「クイズ勝負で負けた、勝ったらクイズゲームをくれるって言うから勝負したのに、持っていたお金を全部取られて、すごい強い人で、誰も勝てなかった」
「大人か?」
 うなずく速斗。
「きっとストリートクイズプレイヤーだな。お前じゃ勝てないよ」
「勉強不足で知識がないから?」
「いや、きっと知識があっても今のお前じゃ勝てないさ。ストリートクイズプレイヤーはクイズで金を稼いで生活している連中だ。お前とは戦うことの意味が違う」
「どういうこと?」
「お前は自分のために戦ったが、その人は守るべきもののために戦ったということだよ」
「守るものってお金のこと?」
 にっこり微笑む父。
「まだ気が付いていないかもしれないが、お前には特別なクイズの才能が眠っている。だから、多くのクイズ勝負に巻き込まれるかもしれん。だが、それは心優しいお前のこと、守るべきもののための戦いだろう。そのとき、きっと今父さんが言ったことを理解できる」
「ほんとうかなあ。さっぱりわからないよ」
「いずれ、わかる時が来る」
「……」
「その時のためにこれを渡しておこう」
 父はお守りを差し出した。
「いつかお前が守りたいもののために戦う時、その相手は自分の力が到底及ばぬ相手かもしれない。その時、この中身を取り出しなさい。きっと力になってくれる」
 不思議そうな顔で受け取った。

 速斗はお守りを握り締めた。
「お父さん、ごめんなさい。僕はまだ父さんの言った守るべきものの意味を理解できていないかもしれない」
 裏影を見る。
「でも、負けてはいけない相手はわかります」
 そっとお守りを開ける速斗。
 中に入っていた紙片を取り出す。
『はずれ』
 ずっこける速斗。
「はずれって、あんな期待させること言っておいて、こ、こんなベタな落ち?」
 投げ捨てた紙が裏返る。
 裏には別な言葉が書かれていた。
 書かれた文字を読み、ぐっとこぶしに力を入れる速斗。
「よしっ。まだ、翔子ちゃんは負けたわけじゃない。勝ってみんなで家に帰るんだ」
 真剣に考える速斗。
「あの裏影には何か秘密があるんだ。それを暴かなきゃ勝てない。何かヒントになるようなことは……、だめだ、集中できない。イチゴジャムがあれば……」
 速斗の少し先に、さっき使ったジャムが転がっている。
 何とかそこまで移動して掴んだ。
「量は少ないけど、十秒くらいは集中できる」
 手は動かせないので口だけでビンをなめた。
 髪の色が変わり、集中状態の速斗になる。
 寺をの中を見渡すと、ぼろぼろの寺なのに、戸だけはきちんとして風が入らないようになっていることに改めて気がついた。
「それに裏影は翔子ちゃんが入ってきたとき、ちゃんとドアを閉めて来いと注意していた。ないか引っかかる……」
 香炉から立ち昇る煙を見て、何かに気がついた。
「翔子ちゃん、お香だ。お香を消すんだ。それと、戸をすべて開けるんだ」
「えっ?」
 戸惑う翔子。しかし、真剣な速斗を見て入り口に走った。
「そらっ、開けるわよ」
 寺の障子戸を開けると風がびゅうびゅう入って来た。
「あれっ、なんだか急に頭がすっきりしてきたわ」
 仏像の周りのお香もすべて消した。
「動揺しているみたいだね。裏影さん」
「なんだと……」
「急激な体調変化、思考能力の衰え、どれもこの部屋に入ってからの症状だった」
「そう言えばそうよね」
「裏影さんがわざわざ障子戸を閉めたり、勝負を開始するまで時間をかけたり……、すべてに意味があったんだ。たぶん、そこの香炉。お香の香りが脳に作用して、頭の働きを鈍らせていたんだ。ねえ、そうでしょ、裏影さん」
 裏影は一瞬押し黙ったが、馬鹿にしたように笑った。
「死しししし、よく気が付いたな。そのお香はわしがベラドンナ、ヒヨス、ホミカの種といった毒植物から作った特別なもの。脳神経を麻痺させる効果がある。だが、それを見破ったからといって、どうだというんだ。お香なんて使わなくても女には負けたことはないんだよ」
「何年か前にそれと同じ台詞を聞いたことがあるわ……、あの時は、外から聞いているだけだったけど、今は違うのよ」
「何のことだ?」
「わたしには速斗のような特別な能力も、あんたのようなクイズ技もない。でも、女を馬鹿にするやつには負けないわ。卑怯な手を使わななきゃ勝てないくせにクイズ屋を語るなんて許さない。その腐った根性を叩きなおしてやる」
「問題、夢の中で悪魔が……」
「悪魔がヴァイオリンを弾いているのを聴き、そのフレーズを書き留めたのは……、タルティーニの『悪魔のトリル』」
「せいかーい」
「こいつ、タルティーニ、『悪魔のトリル』どちらが答えになってもいいようにまとめて言いやがった」
「ふん、わたしだって、成長してるのよ」
「ニュートンの運動の三法則とは……」
「慣性の法則、運動の法則と何? 答えは作用、反作用の法則」
「正解でーす」
「これで四対四ね。次の問題を答えたほうが勝ち!」
 緊張する翔子と裏影。
「正式名称は『特に……」
 二人同時に押す。回答権を得たのは翔子だった。
「勢いで押したけど、分からない。正式名称ってことは、なにかの通称……、特に、特に……」
 そのとき、開けた窓の外の池で泳ぐアヒルが目に入る。
「水鳥、特に水鳥の……、そうだ、ラムサール条約」
「せいかーい。正式名称は『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』という条約を、採択された地名にちなんで何条約と言う? という問題でした」
「やった……、勝った……」
「わしが負けるなんて……」
「クイズは精神力。自分のスタイルを崩したとき、あんたの負けは決まっていたのよ」
「そうか……」
 翔子がそっとつぶやく、
「ありがとう、恋川さん。今ここで誓うわ。ハンカチを返すまで誰にも負けないって……」
 お守りに入っていた紙を見る速斗。
『完璧なクイズなどない  父より』
 速斗の頭の中に父の姿が浮かんだ。
「クイズでは、すべての問題を完璧に答えていくことなどできるわけがない。人間誰しも得意なジャンルと不得意なジャンルができるものだからな」
 じっと父を見る速斗。
「だから、対戦相手が完璧にすべての問題を答えていたとしたら、必ず何かトリックがあるはずだ……。クイズ屋は勝つためには手段を選ばないんだよ。守るべきもののためにな」
 首をかしげる速斗。
「おっと、まだ速斗には難しいかもしれんな。はははは」

「ありがとう父さん、目が覚めたよ」
 ひざまずいた裏影は、
「約束どおり、全員を解放するよ」
 すべてのお札が消え、全員が自由になった。
「よくもやってくれたな」
 囚われていた少年たちが全員で裏影に殴りかかろうとした。
 しかし、翔子が止める。
「皆待って、もう終わったこと、許してあげて」
「わしを助けてくれるのか……、若いころに君のような女の子に出会っていたら、わしの人生も違っていたのかもな」
「あんたは、成仏しなさいね。もう悪さしちゃだめよ」
「負けたのになんだかすがすがしい気分だ。悪いことはもうしないと誓うよ。じゃあな」
 穏やかな顔になって消えていく裏影。
「さようなら、かわいい顔の幽霊さん」
翔子のところに駆け寄る速斗と孝太。
「お姉ちゃーん。怖かったよう」
 泣き出す孝太。それを慰める翔子。
「よくがんばったね。孝太」
「ごめんなさい。お姉ちゃんは弱いなんて言って」
「いいのよ、気にしてないから」
「翔子ちゃんすごかったね。びっくりしたよ」
「もとはといえば、あんたが負けたりするからわたしが戦わなくちゃいけなくなったんでしょ。おかげで、面接にいけなかったじゃない。どうしてくれるのよ」
「ご、ごめん」
「チョコレートパフェでもおごってよね。孝太は何食べたい?」
「ショートケーキ」
 翔子と孝太同時に、
「連れてってー」と言ってあまえた。
「とほほ、今月のおこづかい、もうなくなっちゃうよ」
「お話中のところすいません」
 話しかけられた翔子が反応する。
「君、誰?」
「僕は、久伊豆村から来た答屋清次という者です」
「答屋って、まさか二年前に彗星のように現れ、そして消えたイケメンクイズアイドル答屋光一の知り合い?」
「それは、兄です」
 清次は速斗に視線を移す。
「今度の日曜に久伊豆村で『打ち会』といクイズ大会があります。優勝者は、年に一人選ばれる久伊豆姫の婚約者となることができるのです。速斗さん、『打ち会』で優勝して、姫と結婚してください」
 少し間を置いて、
「けっこんー?」

久伊豆村に向かうバスの中。
答屋、速斗、翔子の三人がバスに乗っている。彼ら以外に乗客はいない。
窓の外には自然溢れる田舎の景色が広がっていた。
「ねー、まだ着かないのお?」
 翔子だった。長い間バスに揺られイライラしていた。
「もうすぐですよ。あと一時間くらい。それからバスを降りて二時間ぐらい歩けば着きます」
「ええ!」
 ため息をつく翔子。
「はあー、やっぱり来るのやめとけばよかったわ。速斗一人じゃ不安だから着いてきたけど」
「だから、僕一人でも大丈夫だって言ったのに」
「大丈夫なわけないでしょ、怪しいクイズ大会に結婚話までついてて」
「ところで打ち会っていうのは、どういったクイズ大会なの?」
 速斗が清次に尋ねた。
「僕の村で古くから行われている嫁取りクイズ合戦です。ペーパークイズで予選が行われ、上位四名で決勝トーナメントを戦います。優勝すれば久伊豆姫と婚約することができます」
「四人ということは、二回勝てば優勝か……」
「僕は先日行われた予選を通過し、トーナメントで戦えることになったんですが、早押しのような人前でのクイズは、気が弱いせいか緊張してしまい、まったくだめなんです」
 恥ずかしそうにする清次。
「ですから、僕の代わりに速斗さんに決勝トーナメントに出場してもらいたいんです」
「でも、それってルール違反じゃないの?」
「わかってます!! でも、絶対に負けるわけには行かないんです。絶対に!!」
清次の気迫にびっくりする速斗と翔子。
「そんなに久伊豆姫と結婚したいの?」、
「そうではありません」  
翔子は速斗にささやいた。
「何かわけありのようね」
「う、うん」
バスは山の斜面に造られた道路を走っていた。
そのとき、突然バスが大きな石を乗り上げ、バランスを崩しガードレールに激突した。
大きな揺れで座席から振り落とされる三人。
「キャー!!」
「な、何?」
 叫ぶ翔子の手を握りながら速斗がつぶやいた。
 バスはそのままガードレールを突き破り山の斜面を滑るように落ちていった。
 砂煙を上げて滑り落ちるバス。
 翔子たちには窓から、斜面の先にある森が近づいてくるのが見えた。全身に恐怖が走った。
 そして、森の大きな木にぶつかる瞬間、叫び声を上げた。
「だめー、ぶつかるー!!」
 恐怖で翔子にしがみつく速斗。
 しかし、バスは木には衝突しないで止まった。
 衝撃がくると思って身構えていた速斗は不思議に思った。
「あっ、あれ?」
 窓から様子を見ると、驚いたことに一人の男が、木にぶつかる直前でバスを受け止めていた。男はプロレスラーのようないかつい体をしていた。
「う、うっそー、バスを素手で受け止めてる」
 速斗と翔子はバスを降り、助けてくれた男に駆け寄った。
「ありがとうございました」
 速斗が言うと、翔子も、
「ほんと、助かりました。ありがとうございます」
 すると遅れて清次がバスから降りてきた。
「痛たたた。速斗さん、翔子さん、大丈夫でしたか」
「ええ、この人が助けてくれたみたい」
 清次は男の姿を見て顔色を変えた。
「こ、こんなところで何をしているんだ。桐生炎心」
「お前こそ、しばらく見ないと思ったら助っ人探しにでも行っていたのか?」
「えっ、知り合いなの?」
 と翔子は二人の顔を交互に見た。
「翔子さん、炎心に近づいてはいけません」
「はっ?」
「そいつは、そいつは兄さんを殺そうとした人殺しなんです」
「人、殺し?」
「じゃましたな」
いづらくなった炎心は立ち去ろうとした。
歩いていく炎心に向かって速斗が言った。
「そ、そっちは」
「えっ?」
炎心が歩いていった方はさらに崖になっていて、炎心は足を踏み外して転げ落ちていった。
「うひょ――!」
炎心の叫び声がこだました。
清次は心配して駆け寄ろうとする速斗の手を引き、
「いいよ。放っておけば。あの筋肉バカは死なないよ。それより早く村へ」
「あんたも意外に薄情なのね」と翔子。

崖の下では、落下した炎心が起き上がった。体を動かしてみるが、どこも怪我をしていなかった。
「ふう、油断したな。でも、鍛え方が違うんだよ」
平気な様子で数歩歩いたが、急に青い顔になって木に寄りかかった。
そしてうつむくと咳をした。咳と共に喉の奥から血が吹き出す。
「やばいな、いよいよか? あ、明日の試合まで持ってくれよ」

今年の久伊豆姫である白石雪絵の家は村で唯一の旅館で、速斗と翔子はそこに泊めてもらうことになっていた。
「はあー、やっと着いた」
翔子は旅館の前でへたり込んだ。
「清次」
 と遠くで女性の声が聞こえた。
「雪絵姉さん!」
 清次が雪絵を見つけて駆け寄った。
「あなた今までどこへ行っていたの? 村中の人たちが心配していたのよ」
「ごめんなさい、雪絵姉さん。でもね。村の外のいろんな人たちとクイズ勝負して僕も少しは強くなったんだよ。それに伝説のクイズ小学生、速斗さんにも会えたんだ」
「あのー、取り込み中申し訳ないけど、雪絵さんってもしかして」
 翔子が割って入った。
「ええ、こちらの雪絵さんが今年の久伊豆姫です」
「へえ、綺麗な方ですね」
 翔子は雪絵の美しい容姿に感心した。
「ほんと、かわいいなあ」
 と鼻の下を伸ばしている速斗を見た翔子は思い切り足を踏みつけた。
「痛たたた」
「ふん、さあ入るわよ」

 速斗と翔子を部屋に案内した雪絵は、
「速斗君。清次が代わりに打ち会に出てくれって頼んだそうね」
「はい、とにかく優勝して欲しいそうです」
 それを聞いて翔子が言う。
「何があったのか知らないけど、とにかく炎心とかいう男にだけは優勝させたくないみたいね。人殺しだとも言っていたし」
「そう、清次がそんなことを」
 雪絵はあらたまって話し始めた。
「あれは一年前の打ち会のこと、決勝に勝ち残ったのは答屋光一さんと桐生炎心さんでした。わたしは久伊豆姫に選ばれていましたが、数年前から光一さんと恋仲だったこともあって、光一さんの勝利を祈っていました」

一年前の「打ち会」の決勝。
光一と炎心の早押し対決も架橋を迎え、最後の問題を答えた方が優勝というところまで進んでいた。
久伊豆姫に選ばれていた雪絵は、どちらが優勝するのか見守っていた。
問題読みが最後の問題を読み上げる。
「問題、日本書紀にも書かれている、文献上、日本で最古の温泉」
光一が回答権を得た。
「道後温泉」と答えると正解の判定だった。
雪絵は駆け寄って祝福した。
そしてみんなの見守る中、キスをした。とても幸せそうな二人だった。
しかし、炎心は複雑な表情を浮かべていた。
光一優勝のお祝いで食事会が開かれ、村中の人々が集まった。
「そろそろ二階にいる光一と雪絵を呼んで来たらどうだ? 婚約のお祝いを言わせてくれよ」
 村人の提案に、清次は快く、
「そうですね。ちょっと行って呼んできますよ」
清次が立ち上がったとき、銃声のような音が二階から聞こえた。
「えっ?」
会場は一瞬で静まり返った。
清次と村人たちは慌てて二階に向かった。
部屋のドアを開けると、光一が倒れ、頭から血を流していた。よくみると銃で頭を撃たれていた。
そして、窓のから銃を持った男が飛び降りた。
「ま、待て!!」
しかし、大男の背中は闇に消えてった。

 雪絵は神妙に話した。
「一命はとりとめたものの光一さんは昏睡状態で、今も病院にいます」
「炎心だよ」
 と清次が現れた。
「犯人はあいつなんだよ。僕、見たんだあいつが逃げていく後姿を」
「でも、見たのは後姿だけなんでしょう?」
 雪絵が清次を諭すように言った。
「大きな男の後姿だけじゃあ、証拠にはならないのよ。だから、事件も未解決のままなの」
「確かにあいつだったのに」
 悔しがる清次。
「一年たっても光一さんは目を覚まさず。私はもう一度、姫として打ち会に参加するように言われたの。できることなら辞退したかったんだけど、村の掟には背けないの。せめて、光一さんが眼を覚ましてくれれば」
 それだけ言うと、雪絵は部屋を出て行った。
 そのとたん、翔子が言った。
「ばっかみたい。なにが村の掟よ。そんなの本当に好きなら無視すればいいんじゃない」
「それができれば苦労しませんよ」
 清次が悔しそうに言った。
「雪絵さんは優しい人ですから、いくら好きな人でもそんな勝手は出来ないんです。あとで両親や親戚にどれだけ迷惑がかかるか理解しているんですよ」
「ふうん、なるほどねえ」
「それより腹が立つのは炎心ですよ。あいつ雪絵さんと結婚したいからって兄さんを殺そうとした極悪人なんですよ。悪びれず打ち会に参加してくるなんて許せません。どんな手を使ってでも優勝を阻止しないと」
「ところで炎心って人はほんとうに雪絵さんのことが好きなの?」
 と翔子が疑問を口にした。
「この村で雪絵さんのことを好きにならない人はいませんよ」
「もしかしてあんたも雪絵さんと結婚したいから速斗を使ってうまいことすり替えようとしてるんじゃないの?」
「ち、違いますよ。速斗さんには優勝してもらって嘘の婚約をしてもらいたいんです」
「うその?」
「雪絵さんに誰も手を出せないようにしてもらいたいんです。速斗さんの年齢なら婚約止まりで、結婚できる年齢までは時間がありますから、それまでに光一兄さんが目を覚ませばいんです」
「なるほどね。ところで、清次君の代わりに速斗が出場したって、偽者だってすぐにばれるんじゃないの?」
「大丈夫です。僕に変装してもらいますから、いい考えがあります」
「いい考え?」
 ごそごそと何かを取り出す清次。
「明日はこれをつけて出場してください」
 顔に被るマスクを速斗に手渡す清次。
「で、でも」
 躊躇する速斗。
「安心してください。村の人たちは、あがり症の僕が顔を隠すためにマスクを着けて出てきたんだとしか思わないから大丈夫ですよ。バレませんって」
「っていうか、これ、レジ袋に穴開けただけじゃ」
 スーパーなどで買うともらえるビニールの袋に穴を開けただけだった。
「かなり貧相ね、センスを疑うわ」
 翔子も唖然としていた。
「はずかしいんですけど」
「大丈夫よ。バレなきゃ清次の恥になるんだから、がんばれ速斗」
 しぶしぶ納得した速斗は清次に尋ねた。
「ところで、明日のトーナメントの一回戦の対戦相手は誰なんですか?」
「すいません、言い忘れてました。毛髪兄弟の長男、長助です」
「毛髪兄弟? どんな人なんです?」
「見れば分かりますよ」
 とにっこり笑う。

原っぱに作られた青空会場は、村人たちでにぎわっていた。
対戦ステージに立った速斗は、正体がばれないかとひやひやしていた。
速斗の対戦相手は双子の兄弟の片割れ毛髪長助。腰まで伸びた長い髪が風になびいていた。
他の決勝進出者、炎心と鈴木も見に来ていた。
「今年は特別に問題は久伊豆姫である白石雪絵さんに読み上げてもらう。皆、心して聞くように」
 村の長老が話すとざわついた会場が静まった。
見ると雪絵が花嫁衣裳を着せられ鎮座していた。
この中の誰かと結婚することになるという覚悟を決めているかのように凛とした態度だった。
「人前が恥ずかしいからってマスクなんか付けやがって、弱虫が」
速斗が会場全体から笑われる。
「超恥ずかしいよー」
「さあ、ルーレットスタート!」
長老が言うとルーレットが回った。
ルーレットには「早押し」「三択」「ばら撒き」の三種類のクイズ形式が書かれていた。
そこに馬に乗った男が矢を放った。矢が刺さった場所が、対戦形式になる。
見事矢が当たり、的の回転が止まった。
「三択」に刺さっていた。
「三択に決定じゃ。番号札を準備してくれ」
 速斗と長助に一、二、三と書かれた三つの札が渡された。
「答えはその番号札で答えるんじゃ。十問出題して多く正解したほうが勝ちじゃ」
 長助が速斗に言った。
「何だその格好は。照れ隠しのお面だろうが、ださくて余計に恥をかいてるぞ、弱虫清次」
 会場全体から笑われた。
「絶対にばれたくない」と速斗は心で誓った。
「がんばって速斗さん」
 と正体を隠すためにパンダのぬいぐるみで身を包んだ答屋清次が言った。
 翔子は恥ずかしくて少し離れた場所に立った。
「あんたのセンスを疑うわ」
「それでは、問題を読ませていただきます。次のうち底に平らな板が入った、口を紐で締める手提げ袋の名前であるのは? @家康袋  A信玄袋  B正宗袋」
「えーと、どっかで聞いたことがあるなあ」
 考えるが焦るばかりで何も思い出せない速斗。
「速斗のやつ。マスクの恥ずかしさと、正体がバレやしないかという不安で集中できなくなっているわね」
「だめだ、まったく集中できない。仕方がない、少し早いけどジャムを」
 ジャムを取り出し、ふたを開けようとする速斗。
 すると、なぜか会場から、
「あ――! 髪の毛が――!!」
という声が聞こえた。
「あれっ? まだジャムを食べてないから髪の毛は変わってないはずだけど」
 ふと見ると、毛髪長助の長髪がタコの足のようにグネグネと動いていた。
「クイズ技『ヘアドライバー』だがー」
「うげっ、髪の毛が動きまくっている。僕よりすごい。でも、まあ、クイズにはなんの役にも立ちそうにないけど」
「さあ、時間切れじゃ。答えを上げるんだ」長老が言った。
「おらー!! 答えはこれだがー」
 という掛け声とともに髪の毛を動かし、髪の毛で札を掴んで上げた。
「えっ、えーっと」
 速斗も慌てて札を上げた。
 長助の札はA、速斗は@
「Aの信玄袋が正解です」と雪絵。
「そうだ、思い出した。武田信玄が三つ重ねの弁当箱を入れるのに用いたから名前が付いたんだった」と速斗が悔しがった。
「いいぞー、長助。お前の髪は日本一だー」
 パフォーマンスで会場を味方につけた長助だった。
先に髪の毛を動かされ、盛り上がる会場の雰囲気に飲まれて変身しづらくなった速斗だったが、意を決して、
「ジャムを食べるしかない」
 とジャムを取り出すとふたを取り、口に流し込んだ。つもりだったが、ジャムはすべて地面に落ちていった。
 マスクに口の穴が開いていなかったためにジャムが口に入らなかったのだ。
「ジャ、ジャムが食べられない」
 速斗は焦ってパニックになった。
「へ、変身できない」
 離れた場所にいた翔子は、速斗がジャムを食べられないことに気がついていなかった。
「何やってんの。早く変身しちゃいなさいよ」
「あっ、もしかして、ジャムが食べられないんじゃないでしょうか」と清次。
 速斗のお面の口にジャムがついているのを見て、翔子もすべてを理解した。
「あ、あほだわ」
 問題は続けられた。
「問題、仮面ライダーのショッカーの正体。TV版では宇宙生命体ですが、石森章太郎の原作では? @テロ組織 A地底人 B日本政府」
 長助が鮮やかに髪の毛で札を上げる。
「ほらよ。三番」
 速斗は二番を上げたが、正解は三番だった。
「問題、明治時代に最も多かった名前は? @孫兵衛 A源右衛門 B市十郎」
速斗は「今度こそ」と気合を入れるも一番の札を上げて間違えた。
正解は長助の選んだ、二番の源右衛門だった。
「あーあ、ぜんぜん集中できてないわね」
ふがいない速斗にイライラする翔子だったが、隣ではパンダ姿の清次が首を傾げて悩んでいた。
「どうかした?」
「いえ、長助君って幼なじみなんですけど、髪を動かすなんて初めて見ました。なんで僕に髪を動かせるってこと教えてくれなかったのかなと思いまして」
「髪動かせたって何のメリットもないから言わなかっただけでしょ、気持ち悪いし」
「た、確かにそうですけど」
三対〇で迎えた四問目。
「やっ